2012年07月11日

グリーンランド研究 − 軍事基地として作られた主な都市/Kangerlussuaq(カンガルースアク)−

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カンガルースアクはかつてアメリカ軍の基地「Bluie West 8(通称BW8)」として1941年に作られました。カンガルースアクは160kmにも及ぶフィヨルドの先端に位置し、その名は「長いフィヨルド」という意味です。
しかし技術の進歩や時代の流れなどから徐々にその必要性が薄れ、1990年代にグリーンランド政府に返還されました。
今日ではNarsarsuaq(ナサスアク)空港と並んで、国際線が到着をするグリーンランドの重要な空の玄関となっており、約600人の住民が暮らしています。
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△ カンガルースアクの空港

周囲には動物が暮らすためのおだやかで快適な環境が整い、空港から数km離れるだけでジャコウ牛の群れに遭遇することができます。
このジャコウ牛は以前、北東グリーンランドのIttoqqortoorniitからこの地域に27頭だけ連れてこられました。そしてこのカンガルースアクの好環境の下で、その数は爆発的に増え、現在では約5000頭が生息しています。

さらに空港から東へ25kmほど行くと、巨大な氷原に辿り着きます。カンガルースアクの町は、氷原までの道が続いているグリーンランドでも珍しい場所なのです。
posted by Coyama at 20:59| グリーンランドのこと

2012年07月07日

グリーンランド研究 − 軍事基地として作られた主な都市/Narsarsuaq(ナサスアク)−

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1941年にアメリカ軍の基地「Bluie West 1(通称BW1)」として建設されたナサスアクは、グリーンランド語で「大平原」という意味を持っています。
その名の示す通り、フィヨルドの裾野に広がる広い平野を利用してこのグリーンランドの国際空港は作られており、現在では南グリーンランドの空の拠点として機能しています。
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△ ナサスアクの空港

ちなみに現在国際便が発着しているのはデンマークとアイスランド、カナダのみです。

空港の周辺にはホテル、ユース、食品雑貨店、カフェ、診療所などがあり、約160人が暮らしています。
posted by Coyama at 22:42| グリーンランドのこと

2012年07月06日

わが身をつねって、人の痛さを知れ

先日ノートルダム清心女子学園理事長の渡辺和子さんが書かれた「置かれた場所で咲きなさい」という本を書店で見かけて購入したところ、その中に次のようなお話がありました。

*****以下前述著書より抜粋*****
3歳ぐらいの子どもを連れた母親が、水道工事をしている人たちのそばを通りながら語って聞かせています。
「おじさんたちが、こうして働いてくださるおかげで、坊やはおいしいお水が飲めるのよ。ありがとうといって通りましょうね」
同じところを、これまた幼い子を連れた別の母親が通りかかります。子どもに向かって言いました。
「坊やも勉強しないと、こういうお仕事をしないといけなくなるのよ」
価値観はこのようにして、親から子どもに伝えられることがあるのです。

(中略)

「わが身をつねって、人の痛さを知れ」意地の悪い私が、母からよく聞かされた言葉です。

(中略)

「人をつねってはいけない」と、禁止の言葉で教えるのではなく、まず自分自身をつねって、つねられた痛みのわかる人になりなさいということでした。
価値観は言葉以上に、それを実行している人の姿によって伝えられるものなのです。
*****

僕自身が生活し、本当に多くの人たちと関わっていく中で、上記の前者の母親のような方は本当にいるのだろうかと感じています。
きっとこれを読まれている方で「いるわよ」「あなたが出会っていないだけよ」とか、上記の文を読んで「そうそう」だとか「自分は前者的な考えで生きているつもり」と思う人も多いことでしょう。

でも本当にそうですか?もう一度深く考えてみてください。
僕自身も、理屈ではわかっていても、時に上記の分の後者的な考えになる部分があります。
その都度気づいた時には反省をするのですが、おそらく気がつかずに行動をしていることもよくあるのだと思っています。

このことは、以前僕が書いた、大学で見かける学生さんたちと掃除のスタッフの方々の関係に感じていることと似たようなことなのだと思います。
http://faelles-design.sblo.jp/archives/20120124-1.html

また同じく以前に書いた、自分の行動や場を正と捉えてしまい、社会との繋がりが見えていないことにも似ていると思います。
http://faelles-design.sblo.jp/archives/20120322-1.html

僕自身、これからどうなっていくのかはわかりませんが、少なくとも今の世の風潮に流されることなく、まず自分自身をつねって、つねられた痛みのわかる人になりたいと思っています。

前述の著書には他にも数々のよいお話が書かれていました。興味のある方はお手を取り読まれてみてはいかがでしょうか。読んで損のない、素敵な本だと思いました。
posted by Coyama at 20:16| 思ったこと・感じたこと

2012年07月05日

グリーンランド研究 − 第二次世界大戦 −

1940年にデンマークがドイツ軍に占領された時、デンマークはアメリカと次のような取り決めを交わしました。
『デンマークのグリーンランドの統治権は保護するものの、戦争の期間中はアメリカがグリーンランドへの経済援助を行いグリーンランドを統治する。』

そして1941年にアメリカはグリーンランドの各地に大西洋を護衛するための空軍基地を建設しました。
そこでは採掘作業が行われ、氷晶石などの鉱石の販売増加による収入は島に駐留するアメリカ軍の軍資金として使用されました。
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△ アメリカ空軍基地の位置

第二次世界大戦後もしばらくはデンマークはアメリカとNATO加盟国との協力体制によるグリーンランドの外交政策を続けますが、1951年に正式にグリーンランドはデンマークに返還されました。
この時アメリカは島の北部に巨大なテューレ空軍基地の建設許可を与えられ、東グリーンランドのKulusukと西グリーンランドのSondraStromフィヨルドの基地も継続管理しました。

今日ではテューレ空軍基地だけがアメリカの指揮下にあり、他の空港はグリーンランド政府により管理され、Kangerlussuaq(カンガルースアク)やNarsarsuaq(ナサスアク)はグリーンランドの国際空港として利用されています。
posted by Coyama at 21:33| グリーンランドのこと

2012年07月04日

我が物と思えば軽し笠の雪

以前、ふと立ち寄った近所の神社で東京都神社庁の出している今月のお言葉(生命の言葉)が出ていました。

その時の言葉は『我が物と思えば軽し笠の雪/宝井其角』

言葉の意味は「いやいや荷物を持てば、本当は軽いはずのものも重く感じてしまう。人生は心の置きどころひとつで、楽しくもなり悲しくもなる。ものの見方を変え、心を積極的肯定的に向けていけば、難有るもまた有り難しである。」ということ。

なるほど。

この『難有るもまた有り難し』ってのもまたすごい言葉ですね。

そう言えば僕はある時から神社に参った時に、あることを変えました。

それは、神社などにお参りをする時に、賽銭箱にお賽銭を投げ入れて手を合わせて祈るわけですが、以前の僕はその際に「いいことがありますように」「結婚出来ますように」「健康でいられますように」「病気が治りますように」などいつも『お願い』をしていました。

でも、神様がその願いを聞いてくれたとして、その後はどうなるのだろうかとある時思ったわけです。
神様からしてみると、頼まれるだけ頼まれて、叶えたところで叶えたほどの感謝をされず、叶えなかったら責められ恨まれ。
そう考えると神様というのは骨折り損のくたびれ儲け的な職業だなと思ったわけです。

それまで僕は神社の神様というのは手を合わせれば願いを叶えてくれるものだと思い、お賽銭を投げ入れて頭の中でお願いをつぶやいて手を合わせて祈っていました。

ただ、神様の身になって考えてみてからは、お賽銭入れて手を合わせ、「いつもありがとうございます」と一言いうだけにしました。
願いは言わない。無茶は言わない。お礼もできないことへのお願いはしない。

それに神様だって人間と同じで感謝されていると嬉しいでしょうし、でも逆にいつも感謝ばかりされていると「何か困っていることがあるなら力になるよ」とあちらのほうから助けてくれるようになるのではないかと思いました。

まぁそんな計算高さはありながらも、僕はもうあまり神社の神様にあれもこれも頼むのではなく、今生きていられることに感謝だけしようと思い、神社で手を合わせる時にはただ一言「いつもありがとうございます。」と言うことにしたのです。

命あるだけでも良し。そのことこそ感謝に値する。ないものねだりはやめる。

まさに『我が物と思えば軽し笠の雪』ですね。
posted by Coyama at 22:12| 思ったこと・感じたこと