2012年07月05日

グリーンランド研究 − 第二次世界大戦 −

1940年にデンマークがドイツ軍に占領された時、デンマークはアメリカと次のような取り決めを交わしました。
『デンマークのグリーンランドの統治権は保護するものの、戦争の期間中はアメリカがグリーンランドへの経済援助を行いグリーンランドを統治する。』

そして1941年にアメリカはグリーンランドの各地に大西洋を護衛するための空軍基地を建設しました。
そこでは採掘作業が行われ、氷晶石などの鉱石の販売増加による収入は島に駐留するアメリカ軍の軍資金として使用されました。
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△ アメリカ空軍基地の位置

第二次世界大戦後もしばらくはデンマークはアメリカとNATO加盟国との協力体制によるグリーンランドの外交政策を続けますが、1951年に正式にグリーンランドはデンマークに返還されました。
この時アメリカは島の北部に巨大なテューレ空軍基地の建設許可を与えられ、東グリーンランドのKulusukと西グリーンランドのSondraStromフィヨルドの基地も継続管理しました。

今日ではテューレ空軍基地だけがアメリカの指揮下にあり、他の空港はグリーンランド政府により管理され、Kangerlussuaq(カンガルースアク)やNarsarsuaq(ナサスアク)はグリーンランドの国際空港として利用されています。
posted by Coyama at 21:33| グリーンランドのこと

2012年06月28日

グリーンランド研究 − グリーンランドの都市/Qaqortoq(カコートク)−

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1775年に居留地として作られた「白」という意味を持つQaqortoq(カコートク)の町は、現在では約3,400人が暮らす南グリーンランド最大の町です。約3,100人が町に暮らし、残りは周辺の3つの居留地でトナカイや羊の牧場を営んでいます。
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△ カコートクの港

町にはいくつかの会社があり、造船所では小型船を製造しています。
Great Greenland社ではアザラシの皮などを加工し、世界中に輸出販売をしています。また魚の加工場ではスーパーへの魚を冷凍保存し、輸出しています。

町の広場はグリーンランドで最も古い噴水を持ち、毎日とれたての魚が水揚げされる港の横に位置しています。
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△ カコートクの町の噴水広場

町の救世主教会は1832年に建てられたもので、ノルウェーのDrammen(ノルウェー南東部の港町)より移築されました。
教会の屋根裏はグリーンランドで最初の図書館として1940年まで利用されていました。この教会は現在も使用されてはいますが、町の人口増加に伴い、1973年に別の場所に大人数を収容出来るGertrud Rasch教会が新設されました。
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△ Gertrud Rasch教会
posted by Coyama at 17:13| グリーンランドのこと

2012年06月24日

グリーンランド研究 − グリーンランドの都市/Sisimiut(シシミウト) −

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現在Sisimiut(シシミウト)の町がある地には、4500年以上前にグリーンランドの先住民Saqqaq(サカク)人が住んでいたとされ、その後にも紀元前500年から200年頃まではドーセット第1文明が、1200年頃にはテューレ文明が滞在していました。

そして1764年に捕鯨の新たな拠点としてこの地に移された居留地が、現在の元になっています。
1773年にはBerthel教会(青い教会)の建設が始まり1775年に完成しました。この教会はグリーンランドで最も良い形で現存する古い教会で、現在も教区の会議場として使用されています。

現在は約6,000人が暮らす「キツネの巣の住民」という意味を持つこの町は、グリーンランドでは首都Nuuk(ヌーク)に次ぐ2番目に大きな町となっています。
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△ シシミウトの町

この町は北極圏の北に位置しており、グリーンランドでは氷のない港を持つ最北の町で、犬そりが交通に使われる最南の町でもあります。
また町の経済は近代的な装備を持つエビやカニの加工場によって支えられています。

町の古い住宅を改装したシシミウト博物館にはグリーンランドの先住民Saqqaq(サカク)人についての貴重な品々が展示され、他にも芝屋根の家などに関する貴重な展示を見ることができます。
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△ シシミウト博物館
posted by Coyama at 21:39| グリーンランドのこと

2012年06月20日

グリーンランド研究 − グリーンランドの都市/Aasiaat(アーシアート) −

1759年にハンス・エゲデの息子のニールスにより、オランダの捕鯨船の違法な捕鯨を防ぐのが目的でこの町から125km南の地点に居留地・Egedesmindeが建設されました。やがて1763年に居留地は現在のアーシアートの位置に移されました。
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△ 現在のアーシアートの町

アーシアートのは「クモ」という意味で、それはコミューネのシンボルマークにも使われています。

アーシアートはディスコ湾の南に位置し、とても美しい群島「千の島々」の先端に位置しています。島の多くは保護地域に指定され、貴重な鳥の生活の観察や、町の建設目的でもあったクジラの観察をすることができます。

町は北グリーンランドの中学校、ビジネススクール、そして養護学校を持っており、美術館とコミュニティセンターが併設された施設もあります。
posted by Coyama at 22:54| グリーンランドのこと

2012年06月17日

グリーンランド研究 − グリーンランドの都市/Maniitsoq(マニトソク) −

この町は1755年にKangaamiut(カンガーミウト)コミューネが所有する居留地として建てられましたが、1782年に現在のManiitsup(マニトスップ)コミューネに移されました。

マニトソクとは「ごつごつした場所」という意味で、町はその名の通り西海岸のマニトソク地域の特徴ある美しいフィヨルドに囲まれています。
また美しい群島にも囲まれ、グリーンランド住民がコテージやキャビンなどを建て、自然を楽しむ憩いの地となっています。
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△ マニトソクの港

この地域には4000年以上前に先住民がいたとされ、たくさんの出土品があります。植民地時代からある町の4つの建物は現在は博物館になっており、この土地で見つかった絵画、彫刻、象牙の彫刻、骨や石鹸石、その他手工芸品などの豊富なコレクションが陳列されています。

この町は実際にはいくつかの島々と岬に分かれていて、数えきれないくらいたくさんの階段で建物が繋がれています。
現在は4000人が暮らす町の主な産業はエビとカニです。
しかし伝統的なオットセイ狩りと捕鯨も、自治区の持つ3つの居留地の住民たちには、まだまだ重要なものとなっています。
posted by Coyama at 22:36| グリーンランドのこと