2012年07月23日

グリーンランド研究 − グリーンランドの独立 −

1901年に196あった居留地は100年後の現在では半分以下の85の町と居留地になっています。
また1901年には大きな町(植民地)の居住率は約20%で、残りの80%は郊外や居留地に住んでいましたが、現在では83%の国民が町に暮らし、居留地に暮らす人々は17%になっています。
これにより社会保証サービスや医療や教育、交通整備などの都市や生活の機能は向上しました。
しかしグリーンランド経済はこの集中居住では悪化をしていきます。この住民の集中移住は結果的に町周辺の資源を減らし、また気候の大きな変化も伴って漁獲量の減った魚工場などの収入が減ったからです。
そのため国は1970年代に新たな財源の確保として鉱物や石油などの資源開発に乗り出しました。

政治的な変化も家庭の経済に影響を及ぼします。それは1970年代のデンマークのヨーロッパ共同体(EC)への加盟を巡る一連の動きです。
グリーンランドでは大多数がヨーロッパ市場とは別に国家を形成していくことを望んだにも関わらず、Landsrad議会はECに加盟するというデンマークの国民投票の結果に従いました。
そして1973年のデンマークのEC加盟とともに、ECでの漁船操業と漁獲高に関する規定がデンマークやグリーンランドに適用されましたが、グリーンランド国民はこれに強く反発しました。そして1985年、ついにグリーンランド政府はECから離脱しました。

1985年にはグリーンランドには新しい独自の国旗が誕生します。
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この国旗はグリーンランドの芸術家Thue Christianによってデザインされたもので北極圏に登る朝日を表現し、赤と白の組み合わせはデンマーク国旗から来ているものです。

その後ECからEUとなり、デンマーク本国は引き続き加盟国となりますが、グリーンランドは加盟していません。
現在でも外交的政治はデンマークに依存していますが、内政面ではデンマークはグリーンランドの発展のために平等な政治関係を築いています。
そして今日、グリーンランドは約55,000人の人々が暮らす国際的な一国家としての立場をしっかりと確立しているのです。

■ 結論
このようにアジアの流れを組むイヌイット文明とバイキング時代から続くヨーロッパ文明とが組み合わさり、さらに戦争などによる略奪や破壊も行われずに形成されたグリーンランドの歴史や建築文化の形成は、非常に興味深いものである。
さらに戦後のデンマーク政府との大規模な経済協力は、住民達の生活やライフスタイル、都市構成、コミュニティのあり方をも大きく変化させた。

他の文明の介入による外的な変化や、生活の変化による内的な様々な問題を見ることが出来、また極地環境での生活様式を知る上でも、このグリーンランドの研究は貴重な題材である。
日本におけるコミュニティのあり方を検討していく上でも、比較対象として今後とも研究を進めていきたい。

グリーンランド研究 ーひとまず完ー
posted by Coyama at 23:09| グリーンランドのこと

2012年07月18日

グリーンランド研究 − ロイヤル・グリーンランド −

1967年以降、グリーンランドでは民主主義が立ち上がり、Landsrad議会ではグリーンランド独自の首相を選び出すようになりました。

1973年、グリーンランドとデンマークの間の関係の見直しが提唱され、3年後にデンマーク国会でグリーンランドの内政自治法が承認されました。これにより地方独自での問題解決や租税収入の出来る地方自治体(コミューネ)が設定され、現在の18のコミューネの元が作られました。
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△ 地方自治体(コミューネ)の区分け

1979年には国営企業だったロイヤル・グリーンランド貿易機関が分割および民営化され、魚介類製品部門がロイヤル・グリーンランド社となりました。1990年にはグリーンランド市民所有の魚介類を加工して販売をする株式会社となっています。
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△ ロイヤル・グリーンランド社

現在ロイヤル・グリーンランド社では約2500人の従業員がグリーンランド、デンマーク、ドイツの工場や漁船のほか、アメリカ、英国、フランス、イタリア、日本の販売事務所で働いています。ロイヤル・グリーンランド社が扱う主な製品は、北極海域で採れるエビ、深海エビ、ヒラメなどを加工した、冷凍エビ、白身魚、むきエビ、薫製食品などで、冷凍エビの供給企業としては世界最大の規模を誇っています。しかも日本での甘エビのほとんどはこの北海産で、そのうち25%はロイヤル・グリーンランド社が供給しています。また、グリーンランドで加工されている「甘エビ」のほとんどは日本へ輸出されています。

1964年の政府の10カ年計画には都市コミュニティの開発も重要項目にあげられていました。国や地方自治体はそれまで散らばっていた居留地の人々を、それぞれの自治体にある大きな町に集めました。そのため町にはたくさんの集合住宅が建設されていきました。
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△ グリーンランドの集合住宅
posted by Coyama at 22:55| グリーンランドのこと

2012年07月17日

グリーンランド研究 − デンマーク領グリーンランド −

大戦終了後の1950年、グリーンランド政府は国際的に開かれた国になるため、経済的援助(投資)を要求する報告書を世界に向けて発行しました。
報告書ではグリーンランドの管理はLandsradと呼ばれる国の議会が担当し、経済面ではロイヤル・グリーンランド貿易機関の持つ独占権を国に吸収されることが提唱されていました。
1952年にLandsrad議会はグリーンランドの発展のためにはデンマークの一部として協力体制を築くということが不可欠であるという新しい国家成立案を提出しました。この提案は1953年にデンマークにおいて国民投票で可決され、デンマークの国会に正式にグリーンランド代表者の2議席が新設されました。
国の経済市場は個人投資家にも開かれ、国家構成が徹底的に見直され、医療福祉サービスや社会保証サービスなどが本格的に開始されました。

1960年代には、グリーンランドの地下資源(油田や天然ガス)が注目され、デンマークやアメリカ、カナダなどは、それぞれの地域との話し合いで、土地整備や期限付き自治権、総合的な援助を与える代わりに、掘削権を得ました。その結果、現地の暮らしは向上し、定住者も増えていきました。しかし生活様式や食生活の激変は、それまではなかった成人病患者を急増させます。
特にこの時代に初めて国に持ち込まれたアルコールは、アルコール依存症に陥るグリーンランド住民を急増させ、殺人や自殺などが多発しました。そのため政府はアルコールに対する規制を強化し、以前ほど厳しくはないものの現在でも販売規制は続いています。
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△ グリーンランドのBarの様子

1964年に議会はデンマーク国会での認証を受けて、国の開発の10カ年計画を盛り込んだ新しい報告書を発行しました。
その決議項目のひとつは、グリーンランドで生まれた人間はデンマークで生まれた人間と同等な社会保証と労働賃金を得ることが出来るというものでした。これは10年以内に一般の経済レベルまでグリーンランドを開発させるということが目的でした。しかし計画は失敗し、グリーンランド人とデンマーク人との待遇や貧富の差は明確に現れ、多くの反発を引き起こすことになります。
この出生地による差別問題は、1987年にグリーンランド政府が徹底的な改善をするまで続きました。
posted by Coyama at 23:00| グリーンランドのこと

2012年07月11日

グリーンランド研究 − 軍事基地として作られた主な都市/Kangerlussuaq(カンガルースアク)−

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カンガルースアクはかつてアメリカ軍の基地「Bluie West 8(通称BW8)」として1941年に作られました。カンガルースアクは160kmにも及ぶフィヨルドの先端に位置し、その名は「長いフィヨルド」という意味です。
しかし技術の進歩や時代の流れなどから徐々にその必要性が薄れ、1990年代にグリーンランド政府に返還されました。
今日ではNarsarsuaq(ナサスアク)空港と並んで、国際線が到着をするグリーンランドの重要な空の玄関となっており、約600人の住民が暮らしています。
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△ カンガルースアクの空港

周囲には動物が暮らすためのおだやかで快適な環境が整い、空港から数km離れるだけでジャコウ牛の群れに遭遇することができます。
このジャコウ牛は以前、北東グリーンランドのIttoqqortoorniitからこの地域に27頭だけ連れてこられました。そしてこのカンガルースアクの好環境の下で、その数は爆発的に増え、現在では約5000頭が生息しています。

さらに空港から東へ25kmほど行くと、巨大な氷原に辿り着きます。カンガルースアクの町は、氷原までの道が続いているグリーンランドでも珍しい場所なのです。
posted by Coyama at 20:59| グリーンランドのこと

2012年07月07日

グリーンランド研究 − 軍事基地として作られた主な都市/Narsarsuaq(ナサスアク)−

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1941年にアメリカ軍の基地「Bluie West 1(通称BW1)」として建設されたナサスアクは、グリーンランド語で「大平原」という意味を持っています。
その名の示す通り、フィヨルドの裾野に広がる広い平野を利用してこのグリーンランドの国際空港は作られており、現在では南グリーンランドの空の拠点として機能しています。
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△ ナサスアクの空港

ちなみに現在国際便が発着しているのはデンマークとアイスランド、カナダのみです。

空港の周辺にはホテル、ユース、食品雑貨店、カフェ、診療所などがあり、約160人が暮らしています。
posted by Coyama at 22:42| グリーンランドのこと