2012年02月10日

走る黒いトレンチコートの男

今朝京王線に乗って多摩から新宿へ向かう途中、車窓からボ〜っと外を眺めていると、多摩川に差し掛かったところで河川敷を走っている男性を見かけました。
その男性の服装は黒いトレンチコート。腰から下をひらひらとなびかせながら走っています。

しかしその走り方がどうもおかしい。なんだかジョギングをしているように、ずっと、一定のペースで走っているのです。

仕事場などへ急いでいるというような雰囲気でもありません。そもそも仕事へ向かっているとかであれば、そのコートにも見合うように鞄を持っていると思うのですが、手には何も持っていなければ背中にも背負っていない。

残念ながら角度と走行中で電車が離れていったため靴までは確認できなかったのですが、遠く離れながらも目で追っていても一定のペースが衰えることがありませんでした。

ちょっと小走りで瞬間を急いだという雰囲気でもなく、かなりの距離をずっと一定のペースで、姿勢よく走っていました。黒いトレンチコートを着て。

あれはなんだったのでしょうか。いくつか検討してみたいと思います。

・仕事場へ急いでる説
鞄は持たずに手ぶらで行ける仕事で、遅刻しそうなため走っていたのかもしれない。
しかしあまりあの河川敷は普段通勤者がいるような場所でもないし、最寄りの駅もかなり離れているので、その確率は少ない。

・トレンチコートがランニングウェア説
これはいくらなんでもないでしょう。

・何かから逃げている説・何かを追っている説
そういう雰囲気でもありませんでした。淡々と走っている感じでしたし、前も後ろも気にはしていなかった。

・撮影説
確かにごくたまに河川敷でテレビなどの撮影をしているのを見かけます。しかし今日は周囲にそれらしきクルーもいませんでした。

・相棒説
右京「僕はこっちを回ります、神戸君は向こうに回ってください。」
神戸「わかりました。」
といって犯人を追いつめようと神戸警部補が裏に周り先回りをしていたところ。
しかし現実そんなことはないと思います。

・変態説
まだ寒いですからね。それにズボンは履いていたみたいですので、これもないでしょう。

はてさて、多摩河川敷を走る黒いトレンチコートの男。その正体は謎のまま。
もしもう一度見かけるような事があれば、その時は「探偵ナイトスクープ」に投稿して優秀な探偵さんに調べていただこうと思っています。

走る黒いトレンチコートの男。その正体が気になります。
posted by Coyama at 22:22| どうでもいいこと

2012年02月03日

のどの熱さ

現在長野県の小諸市に向かっています。徐々に外気の影響で車内が寒くなってきています。現地ではどんな予想もできないことが待ち受けているのでしょうか。今から楽しみです。

そんな車中から外の暗闇を眺めていて、ふと思い出したことを書いておきたいと思います。

以前大学で講師をされていた知り合いの方が、学生に懇願されて論文用に貸した貴重な資料が論文提出後も戻ってこない、と嘆いていたのを聞いたことがあります。
ご本人は学生のためにと好意で信頼して行ったことなのですが、学生にとっては困った時には泣きつくが、事が解決するとそれで終わり。事後報告やお礼をする人はあまりいません。「のど元過ぎれば熱さ忘れる」というやつですね。

学生は卒業論文を書くまでは必死なのですが、それが終わると後は卒業だけ。すぐに就職が始まるからその間に卒業旅行にでも出かけようなどと考えて、そちらに関心がいってしまいお礼や報告をせず、気がつくと仕事が始まっていて時間に追われるようになり、過去の恩義などは完全に忘れてしまう。

その話を聞いて以来、僕は極力お世話になった方々には事後報告やお礼をするようにし、繋がりを持ち続けられるようにしよう、と心がけています。

それに僕もこれまで、デンマークについて知りたいと問い合わせてきたかなりの数の若者にいろいろとアドバイスをしてきていますが、その後の事を報告してくる人はほとんどいませんので、「あの子はその後どうしたのだろう?」と心配する側の気持ちもよくわかるからです。
人間って本当に勝手な生き物で、その時は困りごとを助けてもらった恩に対して心から感謝をするのに、時が経つとその気持ちを忘れてしまうんですよね。

今の時代、mixiやFacebookなどのソーシャルネットワーク(SNS)の出現によって、疎遠になるというものの概念が少し変わってきたとは思いますが、やはりそれでもSNSではない人と人との交流や繋がり方も大事なことだと感じています。

僕は海外に行くと、極力お世話になった日本に住む方々に絵はがきを送るようにしています。
どんなに距離があろうとメールやSNSで連絡が取れる今の時代に、切手代を支払い、しかも手書きの文章を書く時間や手間を惜しまずにそれを行うのは、以前にこんなことを聞いたからです。

「絵はがきをいただくと、あぁこの人はこんな旅行先でも自分のことを考えてくれたんだと思って、それだけで嬉しくなる。」

ソーシャルネットワークのような繋がりも、もちろん貴重なものだと思います。それまで疎遠になっていた人たちと繋がることができ、互いに元気でいる事を確認できるツールにもなる。僕も大変重宝しています。

ただやっぱり、人と人との繋がりってそれだけじゃないよなぁ、と僕は思っています。

こんなことを書いたのは、実は以前とてもお世話になり困っていた時に助けていただいた事のある方に、この6年くらい連絡をしていないからです。僕のことはきっと頭の片隅では気にかけてくださっているのだと思いますし、そのためには数年に1度でも挨拶程度の連絡をするとよいのですが、しようしようと思いながら気がつくとしないまま6年が経ってしまっているんですよね。

喪中で年賀状も書けなかったというのも、それも僕にとって都合のいいだけの言い訳。連絡をしない理由にはなりません。

そうですね、こんなことを書いている暇があったら、その方へメールの1本でも書いて送りたいと思います。家に帰ったら、さっそくメールを書こうと思います。
posted by Coyama at 22:34| どうでもいいこと

2012年01月31日

2回咳の法則

インフルエンザが流行っているそうですが、今日通勤の行き帰りの電車の中にもマスクをして咳をしている人がたくさんいました。

そんな人たちの咳を聞いていて、気がついたことがあります。もしかするとこれって一般常識なのかもしれませんが、人が咳をするときというのは、同じ咳を二度する、のです。
言葉にすると表現が難しいのですが、つまり、

ゲホゲホ
ゴホゴホ
エヘンエヘン

と、ゲホならゲホが2回でゲホゲホ、ゴホならゴホが2回でゴホゴホ。

ゲホやゴホ、エヘンと1回だけということはなく、またゲホゲホゲホの3回もありません。

リズムよく2回。

それでも時々3回というのがあるのですが、リズムとしては2回の咳におまけでもう1回がつくといった感じで、1つめゲホと2つめゲホの“ゲホ”の長さに比べ、3つめゲホは半テンポ早くなります。
『タン・タン・タタッ』って感じですかね。3つめゲホは勢い余っておまけでつけた、って感じが否めません。

一方で周囲の迷惑なども考え、咳を我慢しようとしたときなど、咳が出るのを意識した時に出る咳というのは、これは1回なんですよね。
きっと2回目を意識的に止めているのだと思います。
「咳払い」なども2回続けることは少なく、ヴゥンン!と1回が多いですよね。
もしくは何かを人に合図しようと2回続ける「咳払い」もありますが、これは1ヴゥンン!と2ヴゥンン!では2ヴゥンン!のほうが半音下がることが多いです。同じリズムで2回、ということはない。

しかし自然に出る咳というのは、同じリズムで2回。

ゲホゲホ
ゴホゴホ
エヘンエヘン

気になって通勤の行き帰りにずっと周囲を観察していたのですが、かなりこの法則の信憑性は高いのではないかと思うくらい、多くの方が2回咳をされていました。

もともと咳というのは体内に入ったウィルスなどの異物を外に出す時の体の症状だと言います。
ただ、咳が1回だと、なんか食道あたりからのどの奥あたりまではウィルスが上がったけど、そのまま体内に留まってしまう。しかし2回だと、ホップステップで1咳でのどの奥あたりまで押し上げ、2咳で今度はのどの奥から外に吐き出す、というメカニズムなのではないかと仮説を立てたのですがいかがでしょうか。

そう考えると、たまに溜まりに溜まったのどのイガイガを取るために、『ゲーホッ!』って力のこもった大きな咳をのどを解放する感じですることがありますが、あれっていうのはきっと2回咳や3回咳ではとてもとてもウィルスを追い出せないため、室伏選手のハンマー投げのような、こう、遠心力をつけてパ〜ンッ!とはじくように遠くに投げ出す、そんな感じの咳なのかな、と。

まぁそんなことはどうでもいいことですが、とにもかくにもインフルエンザには十分お気をつけください。
posted by Coyama at 23:32| どうでもいいこと