2012年03月01日

ここもっこし

おそらく日本史上最も古い顔文字のひとつが「へのへのもへじ」だと思います。

しかし「へのへのもへじ」はなぜ「へのへのもへじ」なのでしょうか。
「へのへのもへじ」を「へのへのもへじ」と何の疑いもなく書いている人は、物心ついた時から「へのへのもへじ」と書くことが当たり前なので、誰もそれを疑うことなく使っているのだと思います。

へのへのもへじ。

「へ」はわかります。眉毛を表現したいから「へ」になるのでしょう。

「の」もわかります。目を表現したいから「の」になる。

なので「へのへの」までは僕も疑うことはしません。

へ へ
の の

これで確かに顔に見えます。

では「も」はどうか。鼻を表現したいから「も」なわけですよね。

へ へ
の の
 も

確かに「も」は鼻に見えますが、他の候補に「し」もあったはずです。
しかしこの日本顔文字選抜総選挙においては鼻部門で有力候補だった「し」を抑えて「も」が当確したわけです。

へ へ
の の
 し

「し」のほうがすっきりとしていると思うのですが、「=」がついた「も」が“Most鼻らしい”に選ばれたためそれが現代にも伝わっているわけですが、ではこの「=」は何を表しているのでしょうか。
「そばかす」でしょうか?「絆創膏」でしょうか?
しかしこの「へのへのもへじ」創世記には南蛮渡来の絆創膏などなかったと思われます。

そこで考えられるのが、この「へのへのもへじ」がどこで使われたか、という点です。
農耕民族でありお米文化を持つ日本人は、そのお米の栽培に対して、昔から天敵である雀などの鳥獣と常に戦ってきました。
大名の評価を石高という、お米がお金の代わりにもなっていた時代から、きっと「へのへのもへじ」はあったと思います。
なぜなら、お金に等しいお米を天敵である鳥獣から守るために、人々が考えた装置が「かかし」と呼ばれる疑似人間であり、服を着せて人間に見せかけるとともに、そこにはきっと顔を書いたわけで、その時にこの「へのへのもへじ」が使われたのではないでしょうか。
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そうなると、「へのへのもへじ」は平面ではなく球面に書かれることになります。
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この時、鼻が「し」よりも「も」のほうが、横から見た時に鼻があると認識しやすいわけです。
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だから「し」ではなく「も」が使われているのではないでしょうか。時代的にも「=」はそばかすかなにかでしょう。
これはあくまで僕の推測でしかないのですが。

さて、あまり顔の事をしつこく追求するのもいい顔はされませんので、球面への記載から鼻は「も」にするとしまして、次は口です。

へ へ
の の
 も
 へ

「へ」は確かに口にはなります。しかし、何も眉毛に使った「へ」をまた使わなくてもよかったのではないかな、と僕は思ってしまうのです。

例えば、ちょっとツンデレ風に「く」でもいけたのではないか。

へ へ
の の
 も
 く

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なんなら歌わせてみよう。

へ へ
の の
 も
 く 〜♪

唇を表現するなら「こ」も候補にあったはずです。

へ へ
の の
 も
 こ

ここで、この「へのへのもへじ」は当時女性が化粧をするといった習慣があまりなかったところから生まれたものかもしれず、もし現代にこの顔文字が作られたとしたら、目の部分は「の」ではなく、マスカラでピンッと張られたまつげを表現した「み」なんてのもあったのではないかと思うのです。
つまり「へみへみもこじ」。

へ へ
み み
 も
 こ

ただこれだと鼻が団子鼻に見えてしまうので、きっと「へみへみしこじ」になったでしょうね。

へ へ
み み
 し
 こ

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そして、最後にあごのラインを表現する「じ」。
「し」の部分はわかるのですが、この「」は何を意味するのか。
耳、なのか、髪でしょうか。

耳であれば、ひらがなには「る」という耳の表現に適した文字があるわけです。
もし耳をひらがなで表現するとしたら、きっと「る」を使ったわけで、そうなると「へのへのもへしるる」になったと思います。
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そうではなく、最後が「じ」ということは、この「」に関しては『耳』ではなく他の『髪』や『ほくろ』などを表しているのかもしれません。

というか人の顔なわけですから『ほくろ』や『おでき』があってもおかしくはありません。もし、「へのへのもへじ」が「へのへのもへじ」である由縁が、語呂がよく発音しやすいからという理由であれば、『ほくろ』や『おでき』をつけた「へみへみもっこし」でもよかったのではないか。

へ へ
み み
 もっ
 こ

もっと言えば、眉毛と目を「こ」で表現してしまった「ここもっこし」でもよかったのではないか。
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長々と書きましたが、つまり何が言いたいのかと言うと、別に顔文字を表現するのに「へのへのもへじ」でなくても顔文字は出来たのに、「へのへのもへじ」が一般に使用され、現在では日本人の誰も疑いなく「へのへのもへじ」を使っている。

今日読んだ「利他のすすめ/著:大山泰弘」という本の中に「手段にすぎないものを常識と勘違いすることで人の働き方や生き方を縛っているかもしれない」という一文があり、なるほどなと思いました。
この「へのへのもへじ」も、本当は『顔を描く』という手段にすぎないものを、顔を描けるのは「へのへのもへじ」という文字なのだという社会常識に、我々近代日本人が囚われてしまっていることかな、とふと思ったわけです。本当は「ここもっこし」でもいいのに。

そして、僕のように自ら考えてものづくりをしていこう、新しい形を創造していこうと思っている人間には特に、すでに常識と化してしまっていることに対しても、常に疑って考え、検討することが大切なのではないかな、と思っているわけです。

みなさんは「へのへのもへじ」を見て、そう思ったことはありませんか?
posted by Coyama at 18:35| どうでもいいこと

2012年02月22日

サンタクロースの数え方

みなさんはサンタクロースをどう数えますか?
「1人のサンタクロース」ですか?
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では雪男はどう数えますか?
「1人の雪男」ですか?

人魚はどう数えますか?
「1人の人魚」ですか?
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雪男や人魚の場合、「1人」ではなく「1匹」と数えないでしょうか?
雪男や人魚のような架空の生き物や、他にも妖怪などは1匹、2匹と数えますよね。
1匹の雪男、1匹の人魚、1匹の妖精、1匹の妖怪、1匹の狼男、1匹のお化け。
そうなるとサンタクロースというのも、あれは「1匹のサンタクロース」と表現するのが正しいのではないでしょうか。

もしサンタクロースを「1人のサンタクロース」と数えるのであれば、その根拠はなんでしょうか。
まず前提として、間違いなくサンタクロースは「人間」ではありませんよね。でもそれを「1人」と数えるということは、彼を「人型」やら「ヒューマノイド」ということで認識しているということになります。

するとその「人型」を「1人、2人」と「人」単位で数える境はどこになるのでしょうか?

漫画ワンピースに出てくるキャラクターのチョッパーは、人間の言葉を話すトナカイではありますが、「1匹のタヌキ」と数えられています。
映画スターウォーズに出てくるキャラクターのチューバッカは、人間の言葉は話さないがヒューマノイド的な知識を持つ地球外生命体ですが、数えるときは「1匹」になると思います。
カフカの『変身』のグレーゴルも、姿を変えた後では、例え人としての意思を持っていても数え方は「一匹」ですよね。

では漫画ゲゲゲの鬼太郎に出てくる妖怪達はどう数えるのでしょうか?
主人公の鬼太郎は「1人」と数えますか?ねずみ男や猫娘も「1人」でしょうか?
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じゃあ一反木綿は?ぬり壁は?一つ目小僧は?座敷童は?
でも一般的には「妖怪が1匹」「妖怪が2匹」と数えますよね。
だとしたら「1匹の鬼太郎」になるのでしょうか。
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妖精はどうでしょう。
1匹の妖精、ですよね。
北欧のクリスマスの妖精ニセは、1匹、2匹。
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ピーターパンに出てくるティンカーベルは、1匹の妖精。
もののけ姫に出てくるこだまは、1匹のこだま。
ムーミンも1匹。トロールも1匹。
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やっぱり完全な人間でない限りは、単位は「匹」になるのだと思われます。
そのようなことからもサンタクロースは1匹と数えるのが正しいのではないでしょうか。

もしクリスマスの時期になり、ニュースで読み上げる時などは、「世界サンタクロース会議。今年は世界各国から、なんと120匹のサンタクロースが集まりました。」と報道するのが正しい言葉遣いになると思います。
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サンタクロースを「1匹のサンタクロース」と数えるのであれば、それは架空の生き物ということで認識されているわけで問題はないと思うのですが、もし「1人のサンタクロース」と数えるとなると、そこには人権が発生することになるのではないかと僕は心配をしています。

人権が発生するとなると、社会における法が絡んでくることにはならないでしょうか。
架空の生き物であれば人間界の法は適用されませんが、人となると人間界の法がサンタクロースにも適用されることになると思います。

だとすると、サンタクロースが無許可で毎年他人の家に進入することは、これは立派な住居不法侵入罪に問われますし、世界中の空を飛び回ることは制空権の侵害にも当たることになると思います。NASAが毎年クリスマスになるとサンタクロース追跡サービスを行っていますが、これは法廷で争われる時にその証拠になるでしょう。
引っ越しをしても家を突き止めて毎年やってくる彼の行動は、見る人から見ればストーカー行為になるかもしれません。

アメリカなどは訴訟社会といいますから、このサンタクロースの数え方問題から端を発する彼の存在に対して、裁判を起こす人が今後出てくる可能性もあるかもしれません。
そうならないためにも、やはりサンタクロースの数え方はきちんとしておいたほうがよいと思うのです。

もしサンタクロースの存在が裁判にかけられたとすると、きっとその様子は世界中に報道され、その人権を認めようが認めまいが、いずれにせよ真実が明かされて子ども達の夢を壊す結果になります。
そうさせないためにも、やはりサンタクロースは、「1匹のサンタクロース」と表現することがよいのではないかと、僕は思っているのです。

なんて、取り越し苦労ですけどね。
posted by Coyama at 23:53| どうでもいいこと

2012年02月20日

運気の流れ

今日は午前中に仕事を片付け、午後から知り合いの設計事務所の手伝いをしてきました。
今日は話だけ聞いて帰るつもりだったのですが、成り行きで夜まで作業をすることになり、そして3月いっぱい手伝いをすることになりました。

昔から僕の周りでは不思議な事がよく起こります。僕には人に見えないものが見えるといったことはありませんが、“何かを感じる”ことはよくあり、それもある種の霊感なのだそうです。
そのような人生を36年間生きて来て、最近は運気の流れやパターンがある程度自分でわかるようになってきました。
ちなみにこんな事を書くと最近テレビでも話題になっている自称占い師さんなどのように怪しく思われるかもしれませんが、あくまで僕にわかるのは自分に関しての事で、他人のことはまったくわかりません。

僕の場合の運の流れでわかりやすいシグナルの一つは、人からビールをかけられたとき。
それは「ビールかけ」のようにわざとかけられるのではなく、何かの弾みで誰かがこぼしてしまいそれをかぶる、ということがごくたまにあります。
そしてそんなことが起きた直後か数日後に、想像もしない楽しい事や嬉しい事が必ず訪れます。

最近だと出張先で新幹線の対面の座席に座った同行者が飲みかけのビールを窓際に置いたところ、列車が出発した勢いで倒れ、僕のズボンをビールで染めました。
普通であれば怒りたいところですが、むしろ僕にとってはよい兆候で、これは近々きっといい事があるに違いない、と笑顔で対処した翌日に「こもなみ倶楽部」が「あしたのまち・くらしづくり活動賞」を受賞したとの知らせが舞い込みました。
小さな賞ではありますが、その後に意外な効果をもたらしており、今となってはとても大きな賞だったと感じています。
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前述の設計事務所の手伝いは、先週電話がかかってきて頼まれました。僕も今は会社を立ち上げたばかりなのでいろいろと検討しなければいけない事も多いのですが、あまり深く考えることなく承諾の返事をしていました。しかも報酬の話も何もしないまま、気にせずに手伝いをしています。
ビジネスであればあまりよろしくない事ですが、でも僕にとってはこの手伝いに関してはそんな事はどうでもよいのです。

というのも不思議な事に、僕が「困った」と追いつめられそうになる時に限って、本当にタイミングよくこの設計事務所の所長さんが僕に声をかけてくださるのです。もちろん僕がそんな状態だと知る由もなく、誘いのタイミングはいつも偶然です。

7年前に、僕はそれまで携わっていた仕事の報酬の支払いが滞り、貧窮していた時期がありました。
当時僕の周囲にいた人たちに話をしても多くの人たちは上辺だけの心配で無関心を装い、当時は食費が1日50円の生活を余儀なくされました。
百円均一で4束100円のそば・ひやむぎ・うどんを購入し、それらをローテーションで1日2食。これが2ヶ月間続きました。正直、とてもつらかったです。

そんな時に、僕のそんな状況を知るわけのない前述の設計事務所の所長さんから、偶然模型作りのバイト依頼の声がかかりました。
それがなかったら、きっと今の僕はなかったと思います。

その後数ヶ月ほどその設計事務所でバイトをしていたのですが、徐々に味方をしてくださる方も現れ、しばらくして知り合いの方から別のバイト先を紹介され、有無を言えぬ状態でその紹介先に引き抜かれたのですが、その紹介先の仕事の一つに先日まで早稲田大学に拠点を置いて行っていた研究プロジェクトの事務局業務の仕事があり、僕が派遣をされることに繋がったのです。

ちょうどその頃、デンマークの住宅設計の依頼の話も頂き、その後数年かけて僕は素晴らしい体験をさせてもらいました。
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また貧困に喘いでいたその当時、僕が住んでいたアパートの部屋は1階で、南面の窓の外に2メートル幅の災害時には避難路となる庭がありました。
当時のその住まいの大家は叔父で、庭も好きに使っていいいと言われていた事から、僕は飢えに苦しんだ経験から自分の食べ物は自分で作ろうと思い立ち、窓の外の1坪ほどの庭の一角を耕し始め、野菜作りを始めました。
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最初は1坪程度の小さな畑から始めました。
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それが7年経った今、僕はなぜかその当時の500倍の広さの畑をいじっています。
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住んでいる家も当時のアパートの部屋から倍の広さになりました。

そして日本の世の中では「35歳、男性、年収500万円」という下世話な基準があるそうなのですが、ある時仕事先でその話を聞いて、僕みたいな風来坊な生き方をしている人間には縁のない話だと思っていたのですが、ありがたい事に35歳である昨年の僕はそのラインを超える事が出来ました。

とはいっても、そんな収入源であった仕事も打ち切りになってしまい、今年の年収予定は今のところゼロ。
悩んだあげく会社を作りましたが、当面の収入となる事業もないまま勢いで作ってしまったので、結局はどうしようかと迷いだけが増えました。

気持ち的には7年前の貧困に喘いでいた時と同じ、不安な気分です。
ただ、7年前と今の僕は、持っているものが違います。この7年の間に、僕はたくさんのものを手に入れました。
だから仕事が打ち切りになった事で誰も恨んではいませんし、この逆境も自分を成長させてくれるよい機会だと歓迎しています。

そういった中で自分の人生の運気を考えてみると、7年前のあのつらかった時とその前の段階からの流れが、今の状況にとても似ているのです。
そしてそんな凹な時期に、これまたたまたま当時と同じ設計事務所から声がかかった。
7年前もそこから未来が上向きに展開していったわけけで、だから今回もきっとこの誘いは偶然ではないと思うのです。

仕事内容がどうだとか報酬だとかは関係なく、常に周囲に感謝の気持ちを忘れず、この流れに乗れば、多分僕がこれからやろうとしていることは間違いなく好転していく。
遠回りに見えるかもしれませんが、実はそれは将来の大きな事に結びつく。僕には今そんな「気」がしており、確信しているのです。
posted by Coyama at 23:37| どうでもいいこと

2012年02月15日

笑施

先日、調べ物があって過去の日記を開いたところ『「こやま君はやってることもやってることだけど、それ以上に何をやっていてもいつも楽しそうだからそれでいいんだよ。それは他の人にはなかなか出来ないことなんだよ。」と言われた。 』という6年前の日記が目に留まりました。

今月の初めに、長野県小諸市で行っている「こもなみ倶楽部」の活動が12月に取材を受けた時の雑誌が送られてきました。
その取材の時には専属のカメラマンの方が同行され我々の活動を写真に収めてくれたのですが、記事に劣らず掲載されたその写真もどれも素晴らしいものでした。
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僕は「こもなみ倶楽部」の活動の中ではいつも写真を撮る側なので、普段はあまり自分が写っている写真を目にすることはないのですが、その雑誌の写真には珍しく僕がたくさん写っていました。しかしその写真の中の僕が、どれもまぁ楽しそうな顔をしているのです。
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それを見ると、確かに人から「いつも楽しそうだね」と言われるだろうな、と自分でも思いました。

8年前、当時住んでいたデンマークのコペンハーゲンの街角で、僕は偶然知り合いの日本人のおばさまに出会いました。
僕が彼女を見つけたときには彼女はまだ僕には気がついていなかったので、僕から声をおかけしたのですが、するとおばさまは僕を見るなり急に嬉しそうな顔をされ、笑顔でこう言ったのです。

「あらぁ、こやまさん!やー、よかった。本当にあなたはいつもニコニコしてて楽しそうで、会うとこっちまで楽しくなってくるのよ。会えてよかったわー。なんか今日はいいことありそうっ!」

僕は特に何をしているわけでもありませんが、普段から僕を見てそう思ってくださっている人がいるのであれば、いつも楽しく笑っていようかな、とその時に思いました。

でも、それはある意味「血」なのかもしれないな、と最近思っています。
ここ数年、親族の不幸が続いているのですが、それら葬儀の時にも、僕の周りはいつも笑顔があります。
一昨年の母方の祖父の葬儀の時には、僕を含む孫同士があまりに楽しそうに笑い合っていたのが印象的だったようで、住職が葬儀の最後に挨拶を述べられた時に「今までいろいろな葬儀に出てきましたが、これほどにこやかで仲のよいお孫さん達は見たことがない。故人もさぞ喜ばれていることでしょう。」と言ってくださいました。

もちろん別れは悲しく、心では故人を偲んで泣いているのですが、それでも涙よりも笑顔で送ってあげた方が故人だって喜ぶとみな思っているから、きっと笑みが溢れているのだと思います。

母方の家系だけでななく、父方の家系の小山家の家訓の中にも、こんな言葉があります。

『笑みを施せば笑みで返ってくる』

曾祖母が、祖父に常日頃言っていた言葉なのだそうです。

だからきっと、僕がいつも楽しそうに笑っているのは、生まれつきのものであり、子どもの頃からの習慣なのだと思います。

いい大学を出て、いい会社に就職して、偉くなって、使い切れないほどのお金をもらって、たくさんの名誉や肩書きを手に入れても、それらは死ぬ時にあの世にはもっていけません。
大事なのは、その人が生きている間にどれだけ笑い、人を愛し、人に優しくしたかということだと思います。

僕にはありがたいことに学歴だけはそれなりにありますが、その他には今の日本人の評価に値するものは何も持っていませんし、お金もほとんど持っていません。
ただ、笑みだけは、たぶん人一倍持っているという自信はあります。
他人に対して、お金は施せませんが、笑みなら施すことが出来ます。
でもそれってとても大事なことで、誰にでも出来ることではないのだなということに、最近気がつきました。

それに昔から『笑う角には福来る』とも言います。
人生にはいろいろなことがありますが、結局のところは生まれつきの性格のため、笑っていればなんとかなるかな、と困ったことにいつも思ってしまうのです。
posted by Coyama at 23:14| どうでもいいこと

2012年02月14日

今を楽しむ

(※この記事は文章が定まってなくあまりイケてないので、徐々に書き直します)

目標を持って、それに向かって生きることがこんなにもつらいことならば、夢なんてみるもんじゃないな、といつも思います。

今の日本で生きている多くの人たちは、明日の安定を求めて、徐々にどこかで社会と妥協をしていくのだと思います。
そして気がつくと人々は夢や希望を忘れ、自分が何がしたいのかではなく、社会が求めている姿に自分をはめ込むようになり、社会に“生かされる”ようになっていく。
夜遅くに郊外へ向かう電車に乗っていると、笑顔よりも疲れきった乗客のほうが遥かに多い。みな「疲れたぁ」といったどんよりとした顔をしている。「あぁ、今日も一日よく働いたぞ!楽しかったぁ!」と清々しい笑顔の人を見かけることはほとんどありません。

これまでの自身の経験の中でも、例えば海外留学をされた方々を見ていると、多くの人たちが帰国する時にあまり楽しそうではないように感じられます。
みなさん最初は笑顔だった。それは初めは夢があって留学したわけで、それが叶った時に人は笑顔になるわけです。そしてそこには希望があった。でも、多くの人たちは帰国する時にあまり楽しそうな顔をしない。本当はこれから学んだことを活かしていく、希望ある“はじまり”のはずなのに、“終わった”と思ってしまうから笑顔になれないのかなと思っています。

僕は10年前にデンマークへ行くときは泣きながら向かい、帰国するときは笑顔で帰国しました。その時の僕はデンマークでの経験をそこで終わらせるつもりはなかったので、未来への希望でワクワクしながら帰国しました。
そして今でも僕は時々デンマークへ行ってますし、デンマークで学ばせてもらったことを自分の人生の中で活かしていますし、この先も活かしていくと思います。

10年前にデンマークに行く前に、僕は恩師から次のような言葉をもらいました。
『留学で学ぶべきことは、技術や知識を得ることではなく、その国の人の生き方や考え方を学ぶこと。』

海外留学をすると、どうしても限られた時間の中で出来る限りの成果をあげなければいけないと思いがちになる人が多いと感じます。
でも実際にその国の人の生き方や考え方を学ぼうと思ったら、真面目に机にかじりついて勉強だけするのではなくて、滞在を楽しむこと、遊ぶことが重要ではないかなと僕は思っています。

今を楽しむ。

これは海外で学ぶ人たちだけでなく、日本でも今を生きている人たちに必要なことなのではないかと思います。

僕も毎日つらいです。苦しみのなかで生きています。でも、絶対に人前では笑顔を絶やさないようにしようと心がけています。

そのこともデンマークにいた頃に学んだことです。当時恩師が僕に送ってくれた手紙に、こう書かれていました。

『健康に気をつけ、いつもニコニコ元気で、礼儀正しく、常に感謝の気持ちを忘れずに、何事にも自信を持って挑めば、必ず道は開ける。諦めずに挑戦することが大切。』

僕がデンマークでの滞在で学び得たことは、この言葉に凝縮されています。
そしてその時に身につけたこの言葉は今でも心に留め、未来への道を自分で切り開こうと、これからもいつも笑顔で挑戦していこうと思っています。 

僕は他人にどうしろと上から偉そうに道を示すつもりはありません。でも、最近は世の中に言いたいことがいっぱいあります。

「あなただけが懸命に生きているわけじゃない。あなただけがつらいわけじゃない。みな同じように苦しみや悲しみを抱えて生きている。この世に生きている限り、人が思うこと、抱えることはみな同じ。だからみんなで一緒に、今の時代を歩いていきましょうよ。僕も今を懸命に生きますから、みなさんにも懸命に生きてほしい。そして人生を楽しんでほしい。」

人生を楽しんでいる人が、素敵な笑顔になれるのだと思います。
そしてそんな素敵な笑顔の人って、輝いて見えますよね。
僕はもっと多くの大人たちに輝いていて欲しいと思っています。

だって大人が輝いてくれないと、これからの子どもたちが、夢も希望も見られないじゃないですか。
posted by Coyama at 23:55| どうでもいいこと