2012年06月15日

先輩からの教育

前職で関わった仕事で、年度が終わった後の5月末で締め切りの業務があり、その業務の担当を僕が丸投げさせられたのですが、前職の雇用は年度末の3月末で終わりだったため、3月末までに提出用の報告書を完成するように言われ、実際にその期日で終わらせました。

その業務は前職の雇用先と協力先とで行ったものであり、協力先にはすでに12月の年末の時点で、雇用先が3月末で閉鎖のため5月末までの対応が出来ず、報告書の納品は3月末で終わらせてもらうという内容は伝え、了承もいただいていました。

しかし2月末頃から、最終的な引き渡し等の打ち合わせをしようと連絡をしても協力先からはまったく返答がありません。
メールをしても返答はなく、それではよくないからと電話をし、不在だったので伝言を頼んでも返答はなし。
3月中に納品が出来なければ、その後では説明してのお渡しは出来ないということを伝えても、反応はなし。
結局3月末まで先方からは何の連絡はなく、僕の雇用も3月末をもって終わったため、最後に雇用先の責任者(もともとその仕事を受けた人)からの指示で協力先には手紙を送っておきました。
手紙の内容は、提出する報告書に関しては全てを揃えて雇用先の責任者に渡してあるということ、今後の連絡は僕ではなくその責任者にしてくださいとのことを記しておきました。
ちなみにその手紙に関しても、先方からはその後なんの返事もありませんでした。

僕の方で用意した内容に関しては特に問題があるようなものでもなく、またこちらも出来るだけのアプローチはしましたので、その後はよほどのことがない限り問題はないだろうと思っていました。

ところが締め切りの5月末日の当日の朝になって、協力先から「報告書を今日提出しなければいけないのですが、報告書は責任者から受け取ったもののパソコンデータを受け取っていません。それらもCD等で提出しなければならず、至急送って下さい。今日提出しなければなりません。」とのメールが突然届きました。

世の中どうしてこのような大人が増えてしまったのでしょうか。

ちなみに僕はそれら提出物は全て把握していましたので、報告書に関しては紙媒体だけではなくデータをきちんとCD-ROMに焼き、わかりやすく全てをひとまとめにして責任者に渡しておきました。
そしてその責任者もそのまま先方に渡したのだそうです。

僕があれだけ不備を防ぐために先方に直接お会いして納品するなど、こちらから何度も面会をお願いしたのに一切返事をすることなく無視しておいて、必要になった時に突然頼ってくる。
それでも数日前に言ってもらえればなんとか対応も出来たと思うのですが、締め切り当日になって突然言われても対応は出来ません。

その方に関してとやかく言うつもりはありません。

僕はその朝の連絡に対して無視することも出来ましたが、一応「私に聞かれても私の雇用は何度もご連絡させていただいた通り3月末で打ち切られ、前職に関するデータは全て責任者に渡しており、私は所有しておりません。責任者へお問い合わせください。ちなみにデータ提出の件は私も存じてましたので、3月末にCD-ROMに焼いて責任者へお渡ししました。」と正直なことを返しておきました。
僕個人の業務であればわかるのですが、雇われの身だった僕が職を解かれた後に、その業務のデータを所有していることはありません。考えてもわかることだと思うのですが、世の中にはそれが通じない人たちも増えてきていることを実感しています。

それにこの世は因果応報、自分が他人に行ったことは、いずれ巡り巡って自分に返ってきます。
ここで僕が無視をしたら、先方と同じ人間になってしまうわけです。
だから必要ないのでしょうが、僕は返事をしました。

それにしても、他者のことは考えずに自分の都合のよいような行為を平気でしている今の日本の大人たちを見ていると、本当に日本に明るい未来はないなとがっかりさせられるのですが、少なくとも僕はそのような大人にはなりたくありませんので、情けない行為を、真似しないようにしようと心がけています。


人間の行為には2つの学習があり、1つは自分が先輩からされたとは世の習いとして当然のことだから後輩にも強いていくというのと、もう1つは先輩からされて間違っていることは自分のところで止めて後輩に良き部分を送っていく、というもの。
今の日本の大人たちには、圧倒的に前者が多いと、僕は感じています。

そういえばその協力先からのメールには、お願いの後に追伸として、その方が行っている活動の近況や是非見学に来て下さいとの言葉が添えられていました。
僕が苦境にあることを知っていながら、何かあれば相談に来いなどとの言葉一つなく、自分のやっていることの自慢話。
なぜなのでしょうね。

・自分に必要のない時・忙しい時は無視して自分が必要になった時にいいように他人を利用する
・人に気をかけない・協力はしないが、自身の自慢や宣伝はきっちりとする

という典型的な最近の大人の行動。僕自身もそのような行為をしないわけではなく、時に思い当たる節もあります。気をつけていかないといけません。
きっとその方々は、あえて自分がそのような言動をすることで、僕を教育してくださっているのだと思います。
僕はそのようによい方向に捉えて考えることにして、反面教師として学ばせていただいた先輩方にも、感謝をしようと思っています。ありがとうございました。
posted by Coyama at 23:04| 思ったこと・感じたこと

2012年06月14日

手のひらを太陽に

先週小諸市の畑で土を掘り起こしていたところ、すぱしっこく動き回る小さな生き物を発見しました。
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姿を目で捉えることが出来ないくらいに素早くすぐに土中に戻ってしまうため、潜ったところを掘り起こして捕まえ、写真を撮りました。
しかし写真で見ても初めて見る生き物です。
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知り合いに聞いてみたところ、ケラ(オケラ)だろうとのこと。
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正式名はケラなのだそうですが、オケラのほうが馴染みがあるので以下オケラと表記します。
確かに調べてみるとオケラでした。

「手のひらを太陽に」という童謡の歌詞に、
*****
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
ミミズだって オケラだって アメンボだって
みんな みんな生きているんだ 友だちなんだ
*****
とオケラが出てきます。どこで習ったのかは忘れましたが、この歌は僕もよく歌い、記憶にありました。

歌詞に出てくるミミズやアメンボはこれまでよく目にしましたが、オケラは生まれてからこの36年間見たことはありませんでした。

ちなみに「手のひらを太陽に」の作詞者はアンパンマンの作者でおなじみのやなせたかしさんです。

やなせさんにとってはオケラはきっと幼少時代に自然と触れていた生き物のひとつだったのでしょうね。

このオケラ、見た時にコオロギかなとも一瞬思ったのですが、コオロギは見たことがあるので違うなとすぐに思いました。
ただオケラは英語でmole criket、直訳すればモグラコオロギという名前になっています。
確かに下半身はコオロギで、上半身はモグラっぽいのです。
そのモグラのような両足で地中を掘り進んで行くのだと思います。

さらにひと財産すってしまった時に使う言葉で「オケラになる」という言葉がありますが、ここで使われている「オケラ」も生き物のオケラから来ているそうです。
これはオケラを手でつかんだ時、大きな前足を持ち上げる姿が“お手上げ”のポーズに見えることが由来なのだとか。

この「オケラになる」という言葉は最近出来たものではありませんので、おそらく古くからオケラの存在は日常にあったのだと思います。

なんでもオケラは湿地帯を好んで生息するらしく、水田文化の日本ではよく見られた生き物なのでしょう。
ミミズもアメンボも、田んぼでよく見かける生き物です。だとするとミミズ・オケラ・アメンボは、やなせさんがきっと幼少時代に田んぼで親しんだ生き物なのだと思います。

ミミズだって オケラだって アメンボだって
みんな みんな生きているんだ 友だちなんだ
この歌詞の姿を、今の都会の子どもたちは描けるのでしょうか。
今の都会の子どもたちが成長し、「生きる」ことへの詩を書いた時に、「オケラ」の存在は頭の片隅にでもあるのでしょうか。

今に限らず昔からですが、「人の命をなんだと思っているんだ!」と憤慨したくなる事件って減りませんよね。
人それぞれ様々な背景があると思いますので、いつの時代にもそれらをなくすことは出来ないと思うのですが、限りなくゼロに近づけるように未然に防いでいくことはできると思っています。

『そのためには幼少期に自然に触れる体験の場をもっと増やすこと』なんてことをいう人もいると思うのですが、僕はそれは正しいけれど正しくはないと思います。
だって僕は生まれて36年目にして初めてオケラをみたわけです。
正しくは、『何歳であろうと、自然に触れる体験の場と、それが出来る時間をもっと増やすこと』なのではないでしょうか。
posted by Coyama at 23:41| 思ったこと・感じたこと

2012年06月13日

成功は小さなことの積み重ね

時代が大きく変わろうとしていることを感じています。
それによって人と人の関係性も変わってきているし、人が持つ表現力や発信力もこれまでの概念と異なるものが現れてきていると感じています。

インターネットの普及は数十年前では考えられなかったことを実現させ、確実に人間の生き方に影響を与えていると思います。

先週末、僕は長野県小諸市に行ってました。

月曜日に東京に戻り、火曜日にFacebookに写真を載せ、その中の1枚の写真にコメントをつけて掲載したところ、すぐに反応がありました。

写真は小諸の農地の脇に置いてある馬糞堆肥の中から見つけたカブトムシの幼虫です。
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今朝、その写真を見た知り合いのAさんが、5歳になる息子がちょうどカブトムシの幼虫を欲しがっているので、「是非採りに行きたいから場所を教えてくれ」と電話をしてきました。週末にでも穫りに行きたいと思っている、と。

僕はすぐにメールでAさんに地図と写真を送りました。

でもAさんのお仕事の忙しさも知っていますし、なにより小諸は若干距離がありますので、もし時間の制約があると難しいのではないか、そうなるとAさんの息子さんは念願の幼虫を手に出来ない。なんとか良い方法はないものだろうか、と僕は考えたのですが、残念ながらよいアイデアは浮かびませんでした。

その夕方、小諸市の隣の佐久市に住むBさんから電話がありました。
電話の内容は、Cさんが明日東京に行くのだが、僕が金曜日に予定しているある会社への訪問にCさんも同席出来ないだろうか、といった相談内容でした。
実は現在僕はBさんとCさんのお二方とある事業を計画していて、先週の日曜日もそれで僕は佐久市を訪問していました。

その計画の一環で僕は金曜日にある会社を訪問することになったのですが、ちょうど別件でCさんが来京することになったので、そのついでに同席したい、となったのです。
先方に確認をとり承諾を得て、Cさんは同席することになりました。

その時に、ふとあることを思いつきました。
実はBさんは僕らが小諸で行っている活動を時々手伝ってくれていて、小諸の農地や馬糞堆肥の中のカブトムシの幼虫の存在を知っています。
そこでもし可能であれば、Bさんにカブトムシの幼虫を採りに行ってもらい、今日か明日にでもCさんに渡し、東京で僕が受け取れないだろうか、と考えたのです。

BさんとCさんの両方に僕はそのことを電話で話し、了承してくれました。

その後Bさんが所用の帰りに農地の寄ってくれました。
以前Bさんと堆肥をひっくり返した時に、たくさん幼虫が出てきたので、それを袋に入れて堆肥の上に置いておきました。その中には数十匹入っていますので、その袋を持ってくれば幼虫が簡単に手に入ると思っていました。
しかしBさんがその袋を開けてみると、たくさんいたはずの幼虫が2匹しかいなかったのだそうです。

Bさんはその場で僕に電話をしてきて、そのことを伝えました。
Bさんは時間も限られていたので掘っている時間もなく、とりあえず僕はその2匹をお願いしました。

その後それをCさんに渡してもらい、金曜日の会社訪問の時に僕がCさんからそれを受け取り、打ち合わせが終わった後に僕が都内のAさんの事務所に届けようと思っています。

話を聞くとAさんの息子さんは最近毎日のようにカブトムシの幼虫を欲しがっていて、先日も探しに行ったのだけど結局見つからず、がっかりして泣いてしまったのだとか。
そんな時にFacebookに僕が幼虫の写真を載せたので、それを見て電話をしてきたのだそうです。

時間に余裕があれば本当はもっと幼虫を見つけられるのですが、2匹でも手に入らないゼロよりかはいいでしょう。
なにより子どもに笑顔を与えられる。僕は未来を担う子どもたちには悲しみではなく喜びを与えたいと思っています。

ただこの一連の出来事ですが、10年前だったら確実に実現していなかったことになります。

まず日頃会っているわけではないAさんが、僕がカブトムシの幼虫を見つけたということを知ることは、本当は出来ないわけです。それをFacebookが実現させた。
次に1日で複数の予定を合わせられたり、カブトムシの幼虫の輸送までを手配したりと言ったことは、携帯電話が実現させたことです。すぐに連絡が取れて、その場その場で対応が出来た。

Aさんの息子さんがカブトムシの幼虫を手にすることが出来るのは、そのような文明の恩恵によって実現しているものなわけです。

もっとも、まだ無事に手元に届くまでは何があるかわからず、過度な期待もしてはいけませんが。

僕が事業として行いたいことは「人と人とを繋ぐこと」です。それは12年前から今も変わらずに追い求めている「多世代交流」の実践でもあります。
そして今、実現させたいことは、ITなどのツールを使いながら、求めている人と、それを与えられる人を繋ぐということです。
それをなんとか事業に出来ないだろうかと、いろいろと試行錯誤しています。

やはり社会の中で、想いを事業にし、お金を得ていこうというのは簡単ではなくて、なかなかうまくいきませんし、気が狂いそうになるくらいに苦しいですし、諦めて逃げ出したくなります。
こんなに苦しまなくても、もっと楽な道はいくらでもあるわけです。

ただ考えてみたら、僕はAさんの息子さんに、人と人を介していき、求めているものを届けることが出来る。
10年前だったら不可能なその繋がりを、僕は実現させようとしているわけです。

小さなことですし、お金を得るわけでもありませんので、事業にはなっていません。
でも、確実に想いを実現させています。それは「不可能ではない」ということです。

まだまだ過去や今の僕の「行動」や「やりたいこと」への理解者や味方は少ないと空気で感じていますが、僕自身への味方は最近はけっこういるとも感じています。
そういった味方の存在が、結局は諦めそうになる自分をなんとか思いとどまらせてくれます。
そしてその感謝の気持ちから、何か人の役に立つことは出来ないだろうかと常に考え、行動するようにしています。
それが今回のカブトムシの幼虫を届けることに繋がり、気づくとそのことが、小さいですが想っていることを実現させている一つでした。

成功は小さなことの積み重ね。
僕がやろうとしていることは、僕には出来ると思っていますし、僕にしか出来ないことだと思っています。
だからもし今回無事にAさんの息子さんにカブトムシの幼虫が届いたら、10年後の僕は、きっと今の想いを事業として実現していると、僕は信じているのです。
posted by Coyama at 23:04| 思ったこと・感じたこと

2012年06月11日

コペンハーゲンの都市史

ブログを書くにあたり、何でもいいから毎日書き続けてみて、どこまで続けられるかと思いながら、毎日書き続けています。

そうは言ってももちろん僕も毎日書いているわけではありません。仕事やプライベートで夜遅くまで他のことをしていて書けない日もあれば、書く題材がない日もあります。
それでも更新の手を休めない策として、過去に書いたものを少しずつ小出しにしています。それがここ最近ちょこちょこと投稿してきた「コペンハーゲンの都市史」だったりするわけです。
そのような「コペンハーゲンの都市史」の記事も昨日で使い切ってしまいましたので、時間のない時の記事をまた新たに探さなければいけないのが悩ましいところです。

この「コペンハーゲンの都市史」は、実は以前僕がその内容をテーマにして博士論文に挑めないだろうかと考え、現地を何度も訪問し、資料を集めながらまずは土台として書いたものです。

6年前の当時の日本ではこのことを日本語で書けるのは僕だけだろうと思っていましたが、今では僕以上に知識も資料も揃えられて書くことの出来る優秀な日本人もたくさん現れていると思いますし、そもそもデンマークに暮らす日本人で取り組もうと思う人がいれば、それは僕以上に書ける人もたくさんいると思います。

ただし求められないものはどんなに出そうとしても受け付けられませんので、きっと不必要な情報だったのだと思います。

前述の通り僕は数年前にこの内容で博士論文に挑戦したいということで、実際に東京にある某国立大学の博士課程に挑みましたが、見事に受験で落とされました。
一応筋道は立てて順序を踏んで受験したのですが、面接で言われたことは「(設計でやってきた人間が都市史をやろうだなんて)歴史をなめるな!」と言うことでした。

もっともその時には英語の試験もありましたので、全体的に僕の力が足りずに落とされたのだと思います。

そういったわけで学術界や都市史界では「必要ない」「認められない」とされた内容を、そのまま僕のパソコン内の片隅に眠らせておくのももったいないので、ちょうどよい機会なのでブログを書く時間のない時の記事として使ったわけです。

ちなみに「コペンハーゲンの都市史」の内容は、僕が原語から調べたものですが、前述のように他者からはあまりよく思われなかったということは、もしかすると謝った認識で書かれている可能性もあります。
そのため信用出来る情報かそうでないかは、読んで下さった方の判断にお任せします。

もし正しい情報であるならば、このようにブログ等で残しておけば、いずれ誰かの役に立つこともあるだろうと思い、僕にはもう必要のない情報ですので掲載をしています。
必要のない情報というと語弊もありますが、この情報を集めるために使った時間と労力は、僕は決して無駄だったとは思っていません。ですのでいつかこの情報が、どこかで誰か後輩の手助けの一つにでもなればいいなと、願っています。

ただ何かを得るためには何かを捨てなければいけません。握ったままの手では、新たなものは掴めません。
僕は一旦手を開き、新しいものを掴むべく、次のステージへ進もうと思っています。
posted by Coyama at 22:05| 思ったこと・感じたこと

2012年06月07日

すべては必然

僕は霊感というものはありませんが、昔からよく不思議な体験をすることがよくあります。
その体験の中には、街中で偶然知り合いと会う、ということもよくあることです。

先日、ある方と話していた際に、面白い話を聞かせていただきました。

その方がお子さんを連れて旅行に出たのだが、旅先で財布にお金が入っていないことに気がついた。
帰りの汽車賃もなく、あわてて旅先で銀行のカードでお金をおろそうとしたが、その地域ではその銀行のカードを使えるところがなかった。
警察でもお金を借りることはできず、途方にくれていた時に、本当にたまたま、偶然そこに住まいの近所の方が旅行に来ていて目の前を通りかかり、渡りに船とばかりに泣きついてお金を借り、無事に帰宅できたのだそうです。

旅行先で困っていて、そこにたまたま同じ場所にご近所さんが旅行に来ている。それも偶然に出会う、ということは本当にすごいことではありますが、それらも実はすべて必然なのかもしれません。

僕にも似たような体験が何度もあります。

世の中のすべてのことは偶然ではなく必然だといいます。そうすると今の自分の状況も、すべては必然だったということになると思います。

人との出会いも、別れも、すべては必然。
会うべき人には出会い、合わない人とは別れて行くのは必然。

そういえば先日長野県の小諸に滞在していた時に、こんな出来事がありました。
僕らが拠点に使用しているアパートは4部屋あるのですが、現在人が住んでいるのは1部屋だけで、そこにはご家族が住んでいられます。
その住民の方と僕らとは面識がある程度で、これまで深く話したりすることはありませんでした。

ところが先日、僕がひとりで滞在していた時に、その家族の旦那さんが僕を見つけてすごい剣幕で迫ってきました。
僕は何か悪いことをしたのだろうかとびっくりしたのですが、よくよく話を聞くと怒っているのはもっともな内容で、話をしていくうちにその旦那さんの留飲もどんどん下がっていきました。

旦那さんの怒りは、アパート居住に関しての不満であり、それはオーナーの対応の悪さにあったのですが、旦那さんから聞くその内容は本当に酷いものでした(後にご家族とオーナーの双方の理解の行き違いもあったということもわかりましたが)。
我々は東京に住むそのオーナーから、オーナーが空き家だったそのアパートを相続したことから活用を頼まれたという経緯があり、オーナーとは直接繋がっています。
旦那さんも僕に怒りをぶつけるのは矛先が違うとわかってはいても、どこにどう意見をしていいかわからず、1年間我慢していた怒りをその時に爆発させてしまったようです。

僕はオーナーのことも旦那さんの言い分もわかり経緯もよく知っていますので、すぐにその場で対応をし、ひとまず改善できるところは改善をして、これまでそのご家族が我慢を重ねていたストレスを少し取り除くことができました。

さらにその後、そのご家族の奥さんと話していると、実は冬の間に旦那さんが我々の車に積もった雪を払ってくれていたということを知りました。
怒りを吐き出していた時はかなりの迫力をお持ちでしたが、根は本当にやさしく素敵な方だということを知りました。

居住に関してはオーナーの問題ですが、車の雪に関しては我々の問題ですので、その週末に東京から来た別の仲間に事前に連絡をして、お土産を買ってきてもらい、アパート居住の苦情に対してではなく我々の車への対応のお礼としてそのお土産を渡しました。

ちなみにお土産は、ちょうど開設して話題になっていたスカイツリーに絡めて、『スカイツリーまんじゅう』をお渡ししました。大人に対してはふざけているかもしれませんが、ご家族には小学生の息子さんもいますので、そのようなもののほうが喜ばれるかなと思ったわけです。

それにしても僕がたまたま一人で行った時に旦那さんと話したことは、偶然ではなく必然なのかなと感じました。

そういうことから言っても、今の僕の立場も必然なのだと思います。

正直苦しい毎日で、好転の兆しも見えず不安ばかりです。
これまでのいろいろな逆境を経験してきていますが、これほどまでのものはさすがにありませんでした。
もっとも、過去の様々な経験があるからこそ、今を耐えられているということもあると思います。

自分では自分が考えていること、思っていることが間違っているとはどうしても思えません。
時に人間は思い込みや勘違いをするものですが、客観的に見てもまったくの見当違いではないと思います。

そんな境遇も、きっと必然なのだと思います。
ただしその逆境を乗り越えるかどうかは、必然ではなく、僕自身の行動にかかっていることだと思います。

先日知人に相談をした際に「あなたは何を信じるのか?」と問われましたが、この世の中で信じられるのは「自分」だけです。

成功するも必然、失敗するも必然。すべては自分自身の行動次第。
僕は諦めませんけどね。
それに逆境も自分を成長させる最良の教材ですから、むしろ歓迎しています。上等じゃないですか。
posted by Coyama at 15:11| 思ったこと・感じたこと