2012年07月04日

我が物と思えば軽し笠の雪

以前、ふと立ち寄った近所の神社で東京都神社庁の出している今月のお言葉(生命の言葉)が出ていました。

その時の言葉は『我が物と思えば軽し笠の雪/宝井其角』

言葉の意味は「いやいや荷物を持てば、本当は軽いはずのものも重く感じてしまう。人生は心の置きどころひとつで、楽しくもなり悲しくもなる。ものの見方を変え、心を積極的肯定的に向けていけば、難有るもまた有り難しである。」ということ。

なるほど。

この『難有るもまた有り難し』ってのもまたすごい言葉ですね。

そう言えば僕はある時から神社に参った時に、あることを変えました。

それは、神社などにお参りをする時に、賽銭箱にお賽銭を投げ入れて手を合わせて祈るわけですが、以前の僕はその際に「いいことがありますように」「結婚出来ますように」「健康でいられますように」「病気が治りますように」などいつも『お願い』をしていました。

でも、神様がその願いを聞いてくれたとして、その後はどうなるのだろうかとある時思ったわけです。
神様からしてみると、頼まれるだけ頼まれて、叶えたところで叶えたほどの感謝をされず、叶えなかったら責められ恨まれ。
そう考えると神様というのは骨折り損のくたびれ儲け的な職業だなと思ったわけです。

それまで僕は神社の神様というのは手を合わせれば願いを叶えてくれるものだと思い、お賽銭を投げ入れて頭の中でお願いをつぶやいて手を合わせて祈っていました。

ただ、神様の身になって考えてみてからは、お賽銭入れて手を合わせ、「いつもありがとうございます」と一言いうだけにしました。
願いは言わない。無茶は言わない。お礼もできないことへのお願いはしない。

それに神様だって人間と同じで感謝されていると嬉しいでしょうし、でも逆にいつも感謝ばかりされていると「何か困っていることがあるなら力になるよ」とあちらのほうから助けてくれるようになるのではないかと思いました。

まぁそんな計算高さはありながらも、僕はもうあまり神社の神様にあれもこれも頼むのではなく、今生きていられることに感謝だけしようと思い、神社で手を合わせる時にはただ一言「いつもありがとうございます。」と言うことにしたのです。

命あるだけでも良し。そのことこそ感謝に値する。ないものねだりはやめる。

まさに『我が物と思えば軽し笠の雪』ですね。
posted by Coyama at 22:12| 思ったこと・感じたこと