2012年07月01日

人の記憶

僕は試験などの暗記は得意ではないのですが、人との会話や出来事などはよく記憶をしているほうだと感じています。

結構「あれ?先日はこう言っていたのに?」と次に会った時は前回の会話を忘れていたり、前回言っていたことと違うことを言う人に出会います。
それはやはり記憶に残らないのか、もしくは記憶するまでもなく適当に話をしているのか、僕にはその真意はよくわかりません。
ただ、自身が言ったことを後日忘れているということは、よくあることのようです。

それらを記憶してしまう僕からすると、こっちは言われたことを信用して行動をしますので、困ったものです。

それは最近に始まったことではないように思います。

もう20年近く前の、僕が高校生だった頃。
高校での大学受験対策として、希望者に小論文の特別講座が設けられました。
国語の教師が担当し、『毎日「天声人語」を短く要約する』という課題を行いました。

僕も実は当時歯学部を受験することになっていて、試験で小論文があったため、その特別講座を受けていました。

課題に関しては、ただでさえ短い「天声人語」を、まずは100文字程度に要約する、ということから始め、徐々にその文字数を減らして行き、最後にはタイトルだけにする、ということを冒頭で担当教師が話していました。

なので僕はその通りに、最初は100文字から始め、徐々に文字数を減らしていきました。
そして受験も間近に迫ったある日、僕はついに要約をタイトルだけつけ、提出しました。

するとその直後に、僕は職員室に呼び出されました。そして担当教師は短いタイトルだけが書かれた用紙を僕に見せ、「なんだこれは?ふざけてるのか?」と言ってきました。

僕は最初の授業に担当教師が言ったことを行っただけです。
そのことを話すと、担当教師は「そうだったっけ?」と言い、僕は帰されました。
僕は最初に言われた通りに文字を徐々に減らしていったのですが、どうやらそれをしていたのは僕だけのようで、僕の提出物の文字が徐々に減っていき、最後は短い分だけになったため、不思議に思った担当教師が僕を呼び出したわけです。
そしてその担当教師は、自分が最初に言ったことを忘れていた。

他の生徒も忘れていた人もいれば、覚えていた人もいると思うのですが、減らしていくのは教師から指示があると思い、ずっと100文字要約を続けていたのだと思います。
そんな担当教師は、最初に自分の言ったことを忘れていたので、結局最後までその指示を出すことはなかった。

僕が自主的に最初の言いつけを守り、徐々に文字数を減らして最後はタイトルだけをつける、ということをしなければ、そのこと自体もきっと忘れ去られていたことなのだと思います。

それだけ人の記憶というのも曖昧なのでしょう。

だからといって僕が特に記憶力に優れているというわけではありません。僕もよくいろんなことを忘れます。
だからなるべくいつも、気がついたことなどはメモをとるようにしています。またここ10年近くは日記をつけるようにしてきています。
そして時々それらを読み返しているので、記憶が残り続けているのだと思います。

昨今の政治がどうのなどというつもりはまったくありませんが、今の日本の社会を見ていると、もう少し日本の大人たちは、自分の言ったことにはきちんと最後まで責任をとってもらいたいな、と、そんな出来事を思い出しながら思ったわけです。
posted by Coyama at 19:59| 思ったこと・感じたこと