2012年06月04日

1800年代 − 黄金時代 ー

デンマークでは1815年以降の時代を、国が裕福になった『黄金時代』と呼んでいます。この黄金時代に、デンマークは数多くの素晴らしい人物を排出しました。
世界的に有名な作家、H.C.アナセン(Andersen)もこの時代の人物です。ちなみに日本では「アンデルセン」の名で知られる彼ですが、デンマーク語の発音は「アナセン」となり、デンマークではイニシャルを含めて「ホー・シー・アナセン」と呼ばれ今でも親しまれています。
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△ コンゲンス公園にあるH.C.アナセン(アンデルセン)の銅像

また詩人であり聖職者であり教育者であり哲学者でもあるN.F.S.グルンドヴィ(Grundtvig)は多くの賛美歌をつくり、今でもデンマークの教会で毎週日曜日に歌われています。そして彼の教育や福祉の理念は現在でもデンマークの思想の基礎となり、デンマークの精神として根付いています。
他にも哲学者のソーレン・キアケゴードや音楽家のカール・ニールセンもこの時代の人物です。

この頃のコペンハーゲンの人口は約30万人となり、すでに防壁に囲まれた都市の人口密度は限界に達し、多くのスラムが生まれていました。また1830年代にはヨーロッパの多くの国々で市民革命が起こります。多くの国々が民主政治になり、王と領主たちの独裁政治は排除されていきました。
デンマークには市民革命こそありませんでしたが、当時のクリスチャン8世王は市民と農民を議会に参加させることを決めました。
これは彼らが政治に参加をし、王に直訴が出来る場でもありました。そしてこのような議会はスレスヴィグやホルステンでも開かれました。

当時、スレスヴィグとホルステンの両国はデンマーク王によって統治されていました。しかしホルステンの人々はこれに不満があり、自分達で自分達の国のことを決めたいと思っていました。
一方でコペンハーゲンの住民にも不満が多く、多くの集会がコペンハーゲンで開かれていました。

また1830年代には西欧諸国で産業革命が進行し、デンマークの貿易も利益を上げていきます。さらに1846年にイギリスへの高額な関税が廃止されて自由貿易が行われるようになると、農作物の輸出によりデンマークの農民の生活も向上していきました。

1843年にはコペンハーゲン市民への娯楽施設としてチボリ遊園地(TIVOLI)が防壁の外側に建設されました。
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△ 開園当初のチボリ遊園地のアトラクション

この遊園地はその後防壁が取り払われて都市が拡大する中でも住民たちの反対により取り除く事ができず、現在でも世界最古の遊園地としてコペンハーゲンの都市の中心に残り、デンマーク国民の憩いの場として利用されています。

また街にあったJ.C.ヤコブセンのビール醸造所は、1846年にValby地域へと移転しました。それが現在のカールスバービール工場です。この優秀で美しい建築様式をあちこちにちりばめた建物は産業時代の企業経営の象徴となりました。

そして1847年にはデンマーク最初の鉄道がコペンハーゲン-ロスキレ間に開通しました。 
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△ 最初のコペンハーゲン駅

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△ 最初の路線(ロスキレ−コペンハーゲン)
posted by Coyama at 21:31| コペンハーゲンの都市史