2012年03月28日

8世紀−ヴァイキングの登場

スカンジナビアの地に入植した人類は、その後長い年月をかけてそれぞれの土地で人口を増やしていきます。
やがて海や山脈に隔てられた地形的な制約に基づいて、スカンジナビアに3つの大きな集合部落(現在のデンマーク[スウェーデン南部のスコーネ地方を含む]、ノルウェー、スウェーデン)が誕生します。

しかし気温が低く山地の多いスカンジナビアでは、人々が定住するための農耕に適した平地はすでにその所有者が決まり飽和状態にありました。
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やがてそのような状況から新たな土地や収穫を求めて海外へと進出する者たちが現れます。それが、現代に『ヴァイキング』として知られる人たちです。
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スカンジナビアではその特徴的な地形であるフィヨルドが穏やかな海面を作り出し、航海技術の訓練には非常に適していました。
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そこからやがては北アメリカまで到達したり、西ヨーロッパ全域を侵略していくことになる海を渡る農民『ヴァイキング』が育ちました。
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彼ら『ヴァイキング』と呼ばれる集団が歴史上に最初に現れるのは、793年のイギリス北東部にあるリンデスファーン島の進軍と言われています。そしてそれを皮切りに、ヴァイキングたちはヨーロッパ各地へと勢力を拡大しはじめます。

ヴァイキングは一つの固有な民族ではなく、海を渡って他の集落へ食料や金品、女性を奪いにいったり、未開の土地を探し出して開拓する造船・航海技術、戦闘能力に長けた農民たちであり、スウェーデン、ノルウェー、デンマークにそれぞれ存在していました。
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デンマークのヴァイキングはヨーロッパの北西部沿岸とイングランドの東岸までを征服し、イングランド東部にデーンローという集落を設立しています。またライン側とロアール川に進路をとり、ノルマンディとブルターニュにも入植をしていき、さらにはスペイン、地中海沿岸、イタリアまでを襲撃していきました。

スウェーデンのヴァイキンギはバルト海からロシアを南下し、黒海やカスピ海へ流れ込むボルカの水源へ侵食し、ビザンティン帝国と交易を行い、やがてキエフ公国を設立していきます。
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△ ヴァイキングの進行ルート

ノルウェーのヴァイキングは西へと進路を進め、オークニー諸島、フェロー諸島、アイスランド、そしてグリーンランドまで拡大し、1000年前後には現在の北アメリカにまで到達していました。
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デンマークで現存する最古の街はユラン半島の西側にあるリーベ(Ribe)といわれています。
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700年代頃にはこのリーベの村がすでに存在し、その後ヴァイキングが海外へ進行を始めた800年頃にはロスキレ(Roskilde)、オーデンセ(Odense)、ヴィボー(Viborg)、オールボー(Aalborg)、オーフス(Århus)の村々が形成されていたとされていきました。

またヴァイキングたちはこの村々に暮らしていたわけではなく、彼らはトレレ要塞(Trelleborg)などに代表される彼ら独特の集落を形成して暮らしていました。
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このヴァイキングが活躍していた頃のコペンハーゲンの地には、まだ東海峡の漁を目的としたいくつかの家族が暮らしているだけの小さな集落でした。
posted by Coyama at 22:23| コペンハーゲンの都市史