2012年06月14日

手のひらを太陽に

先週小諸市の畑で土を掘り起こしていたところ、すぱしっこく動き回る小さな生き物を発見しました。
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姿を目で捉えることが出来ないくらいに素早くすぐに土中に戻ってしまうため、潜ったところを掘り起こして捕まえ、写真を撮りました。
しかし写真で見ても初めて見る生き物です。
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知り合いに聞いてみたところ、ケラ(オケラ)だろうとのこと。
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正式名はケラなのだそうですが、オケラのほうが馴染みがあるので以下オケラと表記します。
確かに調べてみるとオケラでした。

「手のひらを太陽に」という童謡の歌詞に、
*****
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
ミミズだって オケラだって アメンボだって
みんな みんな生きているんだ 友だちなんだ
*****
とオケラが出てきます。どこで習ったのかは忘れましたが、この歌は僕もよく歌い、記憶にありました。

歌詞に出てくるミミズやアメンボはこれまでよく目にしましたが、オケラは生まれてからこの36年間見たことはありませんでした。

ちなみに「手のひらを太陽に」の作詞者はアンパンマンの作者でおなじみのやなせたかしさんです。

やなせさんにとってはオケラはきっと幼少時代に自然と触れていた生き物のひとつだったのでしょうね。

このオケラ、見た時にコオロギかなとも一瞬思ったのですが、コオロギは見たことがあるので違うなとすぐに思いました。
ただオケラは英語でmole criket、直訳すればモグラコオロギという名前になっています。
確かに下半身はコオロギで、上半身はモグラっぽいのです。
そのモグラのような両足で地中を掘り進んで行くのだと思います。

さらにひと財産すってしまった時に使う言葉で「オケラになる」という言葉がありますが、ここで使われている「オケラ」も生き物のオケラから来ているそうです。
これはオケラを手でつかんだ時、大きな前足を持ち上げる姿が“お手上げ”のポーズに見えることが由来なのだとか。

この「オケラになる」という言葉は最近出来たものではありませんので、おそらく古くからオケラの存在は日常にあったのだと思います。

なんでもオケラは湿地帯を好んで生息するらしく、水田文化の日本ではよく見られた生き物なのでしょう。
ミミズもアメンボも、田んぼでよく見かける生き物です。だとするとミミズ・オケラ・アメンボは、やなせさんがきっと幼少時代に田んぼで親しんだ生き物なのだと思います。

ミミズだって オケラだって アメンボだって
みんな みんな生きているんだ 友だちなんだ
この歌詞の姿を、今の都会の子どもたちは描けるのでしょうか。
今の都会の子どもたちが成長し、「生きる」ことへの詩を書いた時に、「オケラ」の存在は頭の片隅にでもあるのでしょうか。

今に限らず昔からですが、「人の命をなんだと思っているんだ!」と憤慨したくなる事件って減りませんよね。
人それぞれ様々な背景があると思いますので、いつの時代にもそれらをなくすことは出来ないと思うのですが、限りなくゼロに近づけるように未然に防いでいくことはできると思っています。

『そのためには幼少期に自然に触れる体験の場をもっと増やすこと』なんてことをいう人もいると思うのですが、僕はそれは正しいけれど正しくはないと思います。
だって僕は生まれて36年目にして初めてオケラをみたわけです。
正しくは、『何歳であろうと、自然に触れる体験の場と、それが出来る時間をもっと増やすこと』なのではないでしょうか。
posted by Coyama at 23:41| 思ったこと・感じたこと