2012年05月30日

グリーンランド研究 − 文明開化 −

1818年にはヨーロッパの遠征団が西グリーンランドに新しいエスキモーの居留地を発見しました。
さらに1823年にイギリスの捕鯨漁師たちが、最初で最後の北東グリーンランド人と遭遇しています。
1878年にグリーンランドの地形と地質の調査委員会が組織されると、グリーンランドの全体像が明確になり、1884年にはAmmassalik(アマーサリク)の近くに暮らす東グリーンランド人民族が発見されました。

最も有名なグリーンランド研究家のひとりKnud Rasmussen(1879〜1933)はいくつものエスキモーの文化をまとめあげて文書化した第一人者で、彼の1921〜24年のグリーンランドから太平洋までのそりでのテューレ遠征の記録は、世界的にもよく知られています。

19世紀から20世紀にかけてグリーンランドの文化はさらに急速に発展していきます。
穏やかになった気候によりアザラシ漁は減少しますが、それに変わる新しい魚の産業や羊の放牧が普及していきます。使節団の役割はグリーンランドの教会に受け継がれ、植民地の議会は現地の組織に取って代わりました。

1931年に、ノルウェー国がデンマークの統治権が適用されてなく無人エリアであった東グリーンランドの一部を占領することを宣言しました。しかし1933年にオランダのハーグの国際裁判所は、グリーンランドの全ての統治権はデンマークにあることを認める判決を下します。

1950年になるとグリーンランド議会が国を大きく変える決議書を発行します。
これにより当時デンマークにより命名されていた植民地の名前も現地の言葉へと変えられていきました。
一般的な住宅も単家族の木造住宅が主流になり、現在のテラスハウスの原型が建てられるようになりました。
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△ 最近の住宅の外観

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△ 最近の住宅の内部

植民地時代の古い建物は徐々に取り壊されていきますが、いくつかはそのまま利用され、現在でも使用されているものもあります。

さらに首都のNuukでは大規模な開発が進み、新しく計画されたメインストリートには、1950年〜70年にかけて多くの商店街やサービス機関が建てられ、現在に至っています。
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△ 建設現場の様子
posted by Coyama at 21:22| グリーンランドのこと