2012年05月27日

1800年代 − C.F.ハンセンの都市再建 ー

第二次コペンハーゲン大火災以降の街の再建はC.F.ハンセン(1756-1845)によって指揮され、古典主義様式が建築の主流となりました。
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△ C.F.ハンセン

C.F.ハンセンはコペンハーゲンの他にもホルステン公国の建設大臣として多くの建物を設計し、またデンマーク各地の多くの教会の設計も手がけました。

しかしナポレオン戦争の被害は都市の再建に大きな影響を与えました。財政難により建設事業には厳しい予算が設けられ、再建には廃材を再利用する必要がありました。
古典様式の二代目クリスチャンス宮殿(1884年に消失)は、以前のバロック様式の宮殿の残骸をそのまま使用して建てられました。

昔の教会群があった地域にはVor Frue 教会(1811-29)が建てられ、火災で破壊され市庁舎があったニュー広場にはシティホールと裁判所(1805-15)が建てられました。
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△ シティーホールと裁判所

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△ 裁判所

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△ Vor Frue教会

C.F.ハンセンの建築物は各災害の記念碑的なイメージで建てられ、その古典主義建築はデンマークを国際的な都市に引き上げました。
また彼は長生きをし、1845年に彼が亡くなるまで次世代の育成に大きな影響を与えました。
posted by Coyama at 20:49| コペンハーゲンの都市史