2012年05月15日

首長の器

(※後日要修正)
先日とある在宅医療系のシンポジウムの手伝いをした際、シンポジウムにパネラーとして参加をしていた開催地の首長(市区町村長)の発言に対し、数人の関係者から「あの首長は何もわかっていない!」と憤慨している言葉を耳にしました。

でも僕は、そうやって憤慨している人たちのほうが、何もわかっていない、と思います。
なぜなら多くの首長には最初から聴講者を満足させられるような言葉を発するだけの知識を持っていないからです。

持っていないと言えば語弊があります。もしその首長が首長になる以前に在宅医療に関係する職務に就かれていたのでれば、その方は在宅医療に対する知識を持っていて、きっとシンポジウムなどの場でも聴講者が満足するような意見を述べられたことでしょう。

考えてみればわかる事だと思います。
人一人が持ち得る知識なんて、それほど大した量ではありません。

しかし首長ともなると、前述のシンポジウムのような場を始め様々な分野の場にかり出されて、発言を求められます。
その際に、自分たちが満足のいくような専門的知識を持った発言がもらえるかと言ったら、もらえるわけがないのです。

首長も我々一般市民もあまり人間の器は変わりません。首長だから特別素晴らしい頭脳の持ち主だというわけでもないのです。
例えばあなたが、自分とはあまり関係のない分野の場において発言を求められ、聴衆を満足させられるような専門的な話が出来ますか?
出来ませんよね?
その分野に関しては知識がないんですもの。首長も、それと同じなのです。

ましてや首長にもなると日々の業務をこなしながら、あちこちいろいろな場所にかり出されるわけです。
しかし首長には何か問題課題がある事に対し、一から勉強をしている時間などありません。

今日在宅医療のシンポジウムに参加していた首長は、次に環境関係のシンポジウムに顔を出し、翌日には子育て、翌日には科学技術関係の会合など、様々な場にかり出されるわけです。
そんなに幅広い分野に対してその場その場ごとに気の効いた発言ができる首長など、まずいないと思って間違いはないでしょう。

例えば在宅医療の知識がない首長が在宅医療関連のシンポジウムに呼ばれた時には、首長の下にいる役所の役員が原稿を用意する事になります。
首長はその原稿を事前に受け取り、あとは自分の言葉を少しアレンジさせて話をするだけです。
ですので講演などであればよいのですが、トークディスカッションなどになってくると、とたんに粗が出てきます。

つまり優れた政治を行える政治家は、いかに多くの幅広い分野のブレーンを抱えていられるか、優秀な部下を抱えているか、役所の職員が優秀か、ということになります。
またもちろんそれだけではなく、本人が時にアドリブを効かせられるような人物として、いかに首長になる前に様々な分野に触れ、体験し、学んできたかということが重要になります。

それは何も首長にだけ言える事ではなくて、国の代議士もそうですし、自治体の議員も同じ事です。
特に最近では「若さ=新しさ」といった理論のすり替えで、いかにもそれが革新的なイメージを与えようとする戦略が目につきます。
僕からしてみるとそれらは低能きわまりない戦略に思えてしかたありませんが、それでも世の中には20代30代前半の若手政治家が多く誕生しているのですから、住民もそれなりの低能さ加減だと言われても仕方がない事だと思います。

もちろんその役職に就いてこそ学べることはたくさんあるでしょう。ただしその前に、学んでおかなければならないことはたくさんあると思います。

人生の酸いも甘いも知らず、楽な道を歩み苦労を味わった経験もない人に、政は務まらないと、僕は思います。
これからの時代の政治家は、票に繋がる強者ではなく、いかに弱者に寄り添えるかが求められてくるのではないでしょうか。

そんなことはないと反論する人たちも多いでしょうが、そんなことはあるというのは、平成昭和以前のずっと昔から、それも国内国内に限らず、人類の中で語り継がれてきている通説や教訓ではないかと僕は思います。

もっとも昔は20代や30代前半でも考え方がしっかりしている成人もいましたし、今の時代程に多岐にわたる知識を必要としませんでしたので、若くても中には優れた政を行える人物もいたと思います。
しかし今の時代、首長や政治家たるもの幅広い知識と、多角的に物事を見て対応出来る人格が昔以上に必要とされます。

首長となる人にそれを求めはしません。首長はなりたくてなれるものではないからです。
選ぶのは国民・市民の住民です。

単純に、低俗な住民が選んだ首長は低俗、高尚な住民が選んだ首長は高尚ということです。

そうなると今の東京都民は低俗な住民・・・と思われる方が多いと思いますが、あれは大半が組織票によるものですし、それについては触れずに僕の心に止めておこうと思います。
posted by Coyama at 22:02| 思ったこと・感じたこと