2012年04月22日

参考資料:歴代デンマーク王

デンマーク王国の王として記録として残されている最も古い王はゴーン翁王(Gorm den Gamle)です。ゴーン翁王以前にも多くの王の名前が記録として残っていますが、統治年代については判明していません。年代が重なるものもあり、おそらくそれぞれの地域を治める複数の王がいたとされています。

ゴーン翁王から数えて現在のマグレーテ2世女王までには51人の男性の王と2人の女性の王(1人は実質上の女王)がいます。
この王室の歴史はヨーロッパの中でも最も古く、デンマークはヨーロッパでも最古の王国と言われています。

(ゴーン老王以前の王)
810年死亡 グッフレッド Gudfred
810-812 ヘミング Hemming
812-813 ハラルド クラック Harald Klak
814-854 ホーリック1世 Haarik I
854-約870 ホーリック2世 Haarik II
約870-約890 ハルダン Halvdan
-約950 ゴーン デン ガムレ(ゴーン翁) [ Gorm den Gamle ]
デンマーク国を最初に統一した人物と言われている。
彼の彫像はクロンボー城の地下に展示されている。国の大事にはこの彫像が立ち上がると言う言い伝えがある。

約950-約985 ハラルド1世 [ Harald I Blaatand ]
青い歯のハラルドと呼ばれる王。
イェリンの岩には彼の名で、このデンマークはキリスト教の国とルーン文字で刻まれている。
デンマークという国名が歴史上最初に登場しているのもこの岩。

約985-1014 スヴェンド1世 [ Svend I Tveskaeg ]
1014-1018 ハラルド2世 [ Harald II ]
1018-1035 クヌード1世 [ Knud I den Store ]
イングランド東部を含め、デンマーク・ノルウェー・スウェーデンなど大北海帝国を築いた王。
しかしこの大北海帝国は彼の死後に崩壊する。

1035-1042 ハーデクヌード [ Hardeknud ]
1042-1047 マグヌス [ Magnus den Gode ]
1047-1074 スヴェンド2世 [ Svend II Estridsen ]
1074-1080 ハラルド3世 [ Harald III Hen ]
1080-1086 クヌード2世 [ Knud II den Hellige]
1086-1095 オルフ1世 [ Oluf I Hunger ]
1095-1103 エリック1世 [ Erik I Ejegod ]
1104-1134 ニルス [ Niels ]
1134-1137 エリック2世 [ Erik II Emune ]
1137-1146 エリック3世 [ Erik III Lam ]
1146-1157 スヴェンド3世[ Svend III Grathe ]
      クヌード3世 [ Kund III ]
      ヴァルデマー1世 [ Valdemar I den Store ]
1157-1182 ヴァルデマー1世 [ Valdemar I den Store ]
内乱の続いていたデンマークを統一させた王。
彼の統治時にロスキレ教区を管轄していたアブサロン司教によってコペンハーゲンが設立された。

1182-1202 クヌード4世 [ Knud IV ]
1202-1241 ヴァルデマー2世 [ Valdemar II Sejr ]
1241-1250 エリック4世 [ Erik IV Plovpenning ]
1250-1252 アベル [ Abel ]
1252-1259 クリストファー1世 [ Christoffer I ]
1259-1286 エリック5世 [ Erik V Klipping ]
1286-1319 エリック6世 [ Erik VI Menved ]
1320-1326 クリストファー2世 [ Christoffer II ]
1326-1330 ヴァルダマー3世 [ Valdemar III ]
1329-1332 クリストファー2世 [ Christoffer II ]
1332-1340 空位期間
1340-1375 ヴァルデマー4世 [ Valdemar IV Atterdag ]
1376-1387 オールフ3世 [ Oluf III Haakonsson ]
1387-1412 マグレーテ1世 [ Margrete ]
実質上デンマーク、スウェーデン、ノルウェーの三国統一を成し遂げ、それを治めた女帝。ただし当時はまだ女性に対しての王位継承権はなかったため、史実上では女王ということにはなっていない。

1412-1439 エリック7世 [ Erik VII af Pommern ]
マグレーテ妃の遠縁にあたり、彼女の摂政を受けてデンマーク・ノルウェー・スウェーデン連合国の王位を継承した王。
1416年にはそれまでロスキレ教区が支配していたコペンハーゲンの管理権を奪い、王族の拠点をロスキレからコペンハーゲンへと移したとされる。東海峡の通行税などを制定し国力を高めた。

1440-1448 クリストファー3世 [ Christoffer III af Bayern ]
1448-1481 クリスチャン1世 [ Christian I ]
先王クリストファー3世に子どもがいなかったことから、スレスヴィグ公国の貴族オルデンブルグ(Oldenburg)家より迎えられた王。
このオルデンブルグ家の血筋はフレデリック7世まで続くこととなる。

1481-1513 ハンス [ Hans ]
1513-1523 クリスチャン2世 [ Christian II ]
スウェーデンの治世を回復するため、地元貴族を宮殿に呼び出し、女子供の一族のすべてを虐殺した「ストックホルムの血浴」事件を起こした人物。
そのことによりスウェーデンはカルマル同盟を破棄、また愚行から叔父のフレデリック1世により失脚。国外追放をされる。

1523-1533 フレデリック1世 [ Frederik I ]
1533-1534 空位期間
1534-1559 クリスチャン3世 [ Christian III ]
1559-1588 フレデリック2世 [ Frederik II ]
1588-1648 クリスチャン4世 [ Christian IV ]
デンマークの歴代の王の中で最も人気のある王。政治のみならず建築や都市計画にまで才を発揮し、現在のコペンハーゲンの骨格を築いたとされる人物。
しかし一方でそれらの散財のために国力の衰退を招いたという面も持つ。

1648-1670 フレデリック3世 [ Frederik III ]
父であるクリスチャン4世の跡を継ぎ、スエーデンとの死闘を繰り広げた王。1659年のスウェーデンの猛攻を死守した後、デンマークに絶対王政を制定する。
このような戦を多く行った反面、学術においても広い才能を発揮し、コペンハーゲン大学(当時はラテン語での教育)や書籍を保管して閲覧するための王立図書館を設立した。

1670-1699 クリスチャン5世 [ Christian V ]
1699-1730 フレデリック4世 [ Frederik IV ]
1730-1746 クリスチャン6世 [ Christian VI ]
1746-1766 フレデリック5世 [ Frederik V ]
1766-1808 クリスチャン7世 [ Christian VII ]
1808-1839 フレデリック6世 [ Frederik VI ]
1839-1848 クリスチャン8世 [ Christian VIII ]
1848-1863 フレデリック7世 [ Frederik VII ]
絶対王政を廃した王。
生涯で子どもを持つことがなく(不妊症ともされている)ここにオルデンブルグ朝の血筋は絶えることとなる。

1863-1906 クリスチャン9世 [ Christian IX ]
グリュックスブルグ(Glucksburg)朝

1906-1912 フレデリック8世 [ Frederik VIII ]
1912-1947 クリスチャン10世 [ Christian X ]
1947-1972 フレデリック9世 [ Frederik IX ]
1972-現在 マグレーテ2世 [ Margrethe II ]
現在の女王。父フレデリック9世の亡き後、彼には息子がいなかったために長女であるマグレーテ王女が女王として即位した。14世紀のマグレーテ1世は当時はまだ法的には女性の王位継承が認められていなかったため、史実上デンマーク王室初の女王ということになる。フランス貴族のヘンリック王子との間にフレデリックとヨアキムという2人の王子を授かった。

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△ 現在の王室(右からマグレーテ2世女王、フレデリック皇太子、マリー妃、ヘンリック王子)
posted by Coyama at 20:03| コペンハーゲンの都市史