2012年04月12日

1300年代 − 女帝・マグレーテの誕生

ヴァルデマー4世王は妻ヘルヴィグ妃との間に娘を二人授かりましたが、息子には恵まれませんでした。
2人の娘の姉・インゲボー王女は1362年にメルデンブルグ=シュベリーン公国(ドイツ北部にあった公国)のハインリヒ1世王に嫁ぎ、妹のマグレーテ王女は1363年に10歳の時にノルウェーのホーコン6世王に嫁ぎます。

1375年にヴァルデマー4世王が亡くなるとデンマークに後継者問題が起こります。この時インゲボー妃とマグレーテ妃はそれぞれに息子を授かっていたのですが、インゲボー妃は1370年にすでに亡くなっていました。
ここでマグレーテ妃はデンマークの貴族たちを味方につけ、自分の息子であるオーロフ王子をデンマーク王にすえることに成功します。
しかしこのオーロフ王は即位したときにはまだ5歳だったため、母親であるマグレーテ妃が彼の補佐として実際の政治をとり行うことになります。
ここに、その後スカンジナビア3国を実質上統一するマグレーテ女帝が誕生したのです。
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△ マグレーテ1世女王前後の王室の関係図

5年後の1380年、今度はマグレーテ妃の夫でありオーロフ王の父親であるノルウェーのホーコン6世が亡くなると、すでにデンマーク王でもあったオーロフ王がノルウェー王としても即位することになります。
その時オーロフ王は10歳だったため、母・マグレーテ妃はノルウェーの補佐として政治を行う事になります。
こうしてここに、以後4世紀以上も続くことになる同君主を持つデンマーク=ノルウェー同君同盟が確立されました。
この連合は以後ナポレオン戦争での責任によりノルウェーをスウェーデンに引き渡した1814年まで続きます。

そして同時に、デンマーク大国はノルウェー領であったアイスランド、グリーンランド、フェロー諸島を有することとなりました。
この頃の連合の名残りが、現在もデンマークがグリーンランドとフェロー諸島を自治領とし持つ由縁となっているのです。
posted by Coyama at 22:07| コペンハーゲンの都市史