2012年04月08日

1200年代−ノルウェー国の拡大

◇ 商人の港コペンハーゲン

1201年のアブサロン司教の死後、彼が管理していたコペンハーゲンの領地はロスキレ教区の所有となります。この頃にはコペンハーゲンの地にはKøpmannæhafn[クゥプマンネハウン](商人の港)という現在のKøbenhavn[クゥベンハウン]という名の原型が使われており、そこが貿易の場であったことを表しています。
この頃にはコペンハーゲンだけでなくデンマーク各地にも商人の街が築かれていきます。これらのほとんどの街は成長原理に従い、主に市場のある教会の前の広場を中心にその地形に沿って成長していきました。

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△ 1200年から1350年の間に作られた都市

1249年にコペンハーゲンはバルト海の支配を目論むリューベック人により一度略奪されますがデンマークはすぐに奪い返し、その後はロスキレ教区による管理が続きます。
王から正式に貿易と製造のための特権が与えられている間、領域社会の人々は教会とその司教に強く依存していました。しかしこのころの司教はあまり宗教には関係のない地域で権力を持った貴族などが就いていました。


◇ ノルウェーの拡大

一方この頃、デンマークの北に位置するノルウェーでは、ノルウェー国のホーコン4世王が1257年に北大西洋上にあるノルウェー領にある島々(オークニー諸島、フェロー諸島、アイスランド、グリーンランド)がすべて支配下にあるという活動をはじめ、その一環として各地にまで監督官を派遣し、ノルウェーの統治を認め、貢ぎ物を献上するように促します。

1261年にはグリーンランドはノルウェーの統治を認め、その見返りに年間2隻の船をグリーンランドに出す約束をします。1282年にはグリーンランドの司教からローマ教皇へセイウチの牙とホッキョクグマの毛皮が支払われたという記録があります。

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△ Qassiarsukに再現されたThjodhildur教会とEric the Redの住居

この当時のグリーンランドは貿易に関してはトロンハイムの司教を経由していました。当時の船でノルウェーからグリーンランドまでは1週間以上かかりました。グリーンランドには木材はなく、ノルウェーからの定期船に頼っている状況でした。
グリーンランドは主に木材を、グリーンランドからはセイウチの牙の精製品やセイウチの皮、ホッキョクグマの毛皮、イッカクの牙、生きたシロハヤブサなどがベルゲンやトロンハイムを経由してヨーロッパへ輸出されていました。

そしてこの頃になると、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンのそれぞれの王室の中で、それぞれに婚姻関係が築かれていくようになります。
posted by Coyama at 21:45| コペンハーゲンの都市史