2012年04月04日

夏休みの宿題

(※メモ:後日要修正)

夏休みの宿題のやり方には主に3パターンあると言われています。

1つは、夏休みの前半に集中して終わらせて後半は遊ぶ、というもの。
2つ目は、期間中にまんべんなくやりながらまんべんなく遊ぶ、というもの。
3つ目は、宿題などすっかり忘れて遊びほうけて夏休みの最後に泣きながら行う、というもの。

3番目はよくドラマや漫画で扱われますが、実際にも多くいると思われます。
最も最近では夏はお受験の夏期講習などというパターンがありますので、まんべんなく宿題をやり続けながらまんべんなく塾で勉強するという勉強満喫パターンというのも一般的になってきていると思います。

そんな3パターン以外に、希有な2つのパターンがあって、その1つは「宿題はやらない」というもの。
それはそれで堂々として立派なものですが、あまりにリスクは大きい。
まず先生に怒られる。それはまぁ被害は怒られるだけで済むわけですが、それとは別に“学力が向上しない”というリスクをも伴うことになり、そのリスクは将来にわたって影響を及ぼすことになります。
そのためよほどの覚悟のない限り、「夏休みの宿題をやらない」というパターンはお勧めできません。

希有なもう1つのパターンは、「夏休みの宿題を夏休み前に終わらす」というものです。
出てもいない宿題が出来るのかと思われる人もいると思いますが、夏休みの宿題なんてものは意外と毎年同じものが多いのです。
日記などは別としても、自由研究や工作など、毎年同じものが多い。
確かに本人からしてみるとその年になって初めて遭遇するその年の宿題な訳ですが、先輩たちも同じ宿題をその年に行っている。
そんな宿題を先輩に聞くなどちょっとしたリサーチをするだけで、その年に出される宿題はだいたい想像がつくもの。過去数年の先輩たちの宿題の内容を聞き、それが毎年同じ内容であればかなりの確率で自分の年にも同じ内容の宿題が出されると考えられます。

例えその宿題に時事的なことが絡んできたとしても、傾向を把握しておき事前にある程度応用の効く内容を準備おけば、その年にアレンジされた内容に対しても少ない労力で仕上げることが可能になります。

そしてこの「夏休みの宿題は夏休みの前に終わらす」パターンを行えば、夏休みはほぼ丸々遊べるわけです。

それは新学期が始まってから夏休みに入るまでに少しずつ行っておいて夏休み前に終えることも可能ですが、何も宿題が出ない学年の節目である春休みに夏休みの宿題を終わらせてしまえば、一学期に出される普段の宿題などと重なることがなく、日々の労力は少なくて済みます。

情報と傾向さえ掴んでおければ、夏休みの宿題はその前の春休みに終わらせておくことは可能だと思います。
そしてもちろんその論理で行けば前の年の夏休みに翌年の夏休みの宿題を終えることも可能です。
でもそれはやらないほうがいい。なぜなら、夏休みは遊ぶものだからです。

ただしここに書いたのはあくまで理論上の話です。夏休みの宿題というのは内容そのものに重要性があるのではなく、休みの間もだれることなく定期的に勉強する習慣を身につける、ということにあるので、この「夏休みの宿題を夏休みに終わらす」論を本当に夏休みの宿題で実践することはお勧めしません。

ただ、社会に出てからの人生で起こりうる様々な事象に対して、この夏休みの宿題対応理論は、けっこう使えるのではないかと僕は思っています。
あまり詳しく書くと長くなるので書きませんが、要は人生や世の中で起こるであろう予測できるものに対しては、夏休みの宿題のように対応していきたい、ということを言いたいわけです。

締め切りや約束の期日といった、社会上のルールに対して「やらない」というのは致命的ですよね。
そして世の中には、締め切りギリギリになって対応する、という人が意外と多い。
期日までにまんべんなく行って対応しておく、というのが一般的で、期日までに余裕を持たせて終わらせておけたらそれはもうベストです。

ただ、人生は何が起こるかわかりませんし、チャンスの神様は前髪しかないといいます。その前髪を掴むためには、前髪が目の前に来た時に瞬時に掴める準備をしておかなければ、その前髪を掴むことはなかなか出来ません。
だからこそ、人生において「夏休みの宿題は夏休み前に終わらせておく」姿勢は重要で、それが出来る人は、大きなチャンスが来た時に瞬時にそれを掴むことができるのではないかと、僕は密かに思い、夏休みの宿題は夏休み前に終わらせるように日々心がけているのです。
posted by Coyama at 21:23| 思ったこと・感じたこと