2012年04月01日

11〜12世紀−王都ロスキレ

11〜12世紀になるとすでに北欧神話の信仰は薄れ、ほぼキリスト教へと移り変わりました。この頃につけられた街の名前にはå(川)やbro(橋)など自然や水辺に関する名前が付けられているのが特徴です。

この頃に作られた街としては現在デンマーク第二の都市であるオーフス(Århus)などがあり、その前身の村の名はアロス(Aros)といい、ved åens munding(河口)という意味を持っています。
さらにその「arosの端」(ランドアロス[Rand-aros])にある街の名が変化したのが、現在のラナス(Randers)の由来といわれています。

この時代になると街は外から守りやすく、かつ海に出やすく、川やフィヨルドの近くに作られるという特徴を持っていました。ロスキレ、リーベ、オールボー、ラナスはその特徴的な例です。
それと共に内陸部の街としてリングステッド、スラゲルセ、ヴィボーなどがユラン半島、フュン島、シェラン島、スコーネ地方の各街を結ぶ交通網の拠点として発展していきました。
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△ 1000年頃のデンマークの都市。スコーネ地方のルンド(Lund)、ヴィボー(Viborg)とロスキレ(Roskilde)、リーベ(Ribe)とスレスヴィグ(Slesvig)の順に人口が多い。図の右上の数字の単位は千人。

このキリスト教の普及と、それぞれの街による他の街との交易は、やがて社会の中に階級を作り出します。そしてそれはやがてデンマークを一つの国家へと統合していくことになります。

この当時のデンマークの権力者はロスキレに拠点を置いており、そのロスキレが実質上の首都でした。
ロスキレの地は入り組んだロスキレフィヨルドの奥地にあり、天然の要塞として古くからヴァイキングの拠点となっていました。
11世紀にはロスキレは王族の拠点となり、1170年には現在世界遺産となっているロスキレ聖堂が建てられました。
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△ ロスキレ大聖堂(奥)と司教の宮殿(手前)

世界最古の王室とされるデンマークの歴代の王たちは、現在でもみなこのロスキレ大聖堂の地下に埋葬されています。
posted by Coyama at 21:02| コペンハーゲンの都市史