2012年03月20日

犬生一路

僕は動物が嫌いです。
理由は、しゃべらないから。しゃべらないので意思疎通が出来ないから。
だから嫌いなのです。

もっとも最近は言葉がしゃべれる人間でも意思疎通の出来ない人もいらっしゃいますが、それは今回は置いておきまして、なんでこんなことを書いたかと言うと、そんな僕の概念を覆した犬に出会ったことがあるからです。
実際その犬は言葉は話しませんが、中に人が入っているのではないかと思わせられるような、そんな犬を僕は知っています。というか僕はその方を犬とは呼びたくない、そんな方です。

長野県小諸市の人里離れた場所に、「茶房 読書の森」というカフェがあります。
http://www.ne.jp/asahi/dokusyonomori/shinsyu/

3年前にこのカフェに出会って以来、僕は2ヶ月に1回ぐらいのペースで通っています。東京でもそんな行きつけのカフェはないのに、不思議なものです。
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初めてこのカフェに行ったのは、小諸に初めて行ったときで、小諸がどんな場所だろうかということで東京から有志数名で小諸を訪れ、その時に「茶房 読書の森」は人から紹介されて立ち寄りました。

お店の駐車場に車を停めて外に出ると、そこに一匹の犬が出迎えてくれました。
人が来たから興味本位で寄ってきたのかな、と思ったのですが、特に吠えることもなければすり寄ってくることもありません。
そして駐車場から坂を上ってお店へ行こうと歩き出すと、なんとその犬が前を歩き出して、店まで案内してくれたのです。
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これには本当に驚きました。
そしてまたその姿が、何とも言えず愛らしいのです。
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その犬の名前は「のん」と言い、お店の看板犬でした。
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そんなのんちゃんに導かれて入ったお店を、僕はその後何度も訪れることになります。

のんちゃんは、本当に中に人間が入っているのではないかと思うくらい賢い方でした。
大人しくて場の空気をわきまえ、名前のようにのんびりとしていながらも主張することは主張する。そこらへんの人間にも見習わせたい、爪の垢を煎じて飲ませたい、そんな方でした。
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2年前の夏、僕は仲間たちとホタル鑑賞を兼ねてそのカフェの裏庭でキャンプをし、裏庭にあるパオに泊まったのですが、朝早くに目覚めた僕が外に出ると、どこからともなくのんちゃんが現れました。
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その朝はあまりに気持ちがいい気候だったので、周囲を散歩に出かけようとすると、のんちゃんが僕の前をてくてくとことこと歩いていきます。そして少し進むと、僕の方を振り返り、付いてこいといった感じで待っているのです。
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その朝、僕はのんちゃんとの散歩を楽しみました。

その後もお店に行き、そこから歩いて出かける時には、必ずのんちゃんがついてきて道案内をするかのように前を歩いてくれました。
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またお店に通ううちに、昼間のお茶だけではなく夜の懇親会などにもご一緒させていただくようになったのですが、おいしい料理やお酒が並ぶその楽しい席には、いつもテーブルの下にのんちゃんがいて、自分も食べ物が欲しいのか、それぞれの人の膝を、トントンとたたいて回るのです。まるで人間の子どもがそうするように。
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しかし決してがっついたり吠えたりせず、本当に静かに、そして自然に、「私にも何か頂戴よ」といった感じで膝を叩いて語りかけてくるのです。
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そんな愛らしいのんちゃんですから、お店を訪れる多くの人に愛されていました。
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そののんちゃんが、昨年の夏に体調を崩して病院に行ったところ、癌であることが発覚しました。

手術には高額な費用がかかるということで、飼い主であるお店の方たちが1口500円の寄付を募ったところ、なんと常連のお客さんたちからあっという間に30万円以上の寄付が集まったのだそうです。
おそらく僕が病気になって寄付を募っても、のんちゃんほどには集まらないと思います。いかに多くの人から愛されていたかということがよくわかります。

しかし腫瘍の場所が悪く手術は出来ないということになり、その後のんちゃんは静かに余生を過ごすことになりました。

そんなのんちゃんが、先日17日に永眠しました。享年12歳だったそうです。

のんちゃんはもともと捨て犬だったそうです。道ばたの段ボールに3匹で捨てられていたのだそうです。
それを見つけた「茶房 読書の森」の娘さんが拾ってきたそうなのですが、家では飼えないからと里親を捜し、3匹は引き取られて行きました。しかしその後のんちゃんだけが出戻ってきて、それ以来お店の看板犬となったそうです。
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その恩義に報いようとしているのか、のんちゃんはお店にお客さんが来ると、僕が初めてお店に行った時にそうだったように、駐車場まで出迎えに行き、お店まで案内をします。
そしてお客さんが帰る時には、姿が見えなくなるまで見送るのです。
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先日カフェでお会いした方が、カフェのある御牧ヶ原大地は、呼ばれなければ住めないのだと言ってました。
その方も御牧ヶ原に惹かれて何度も引っ越そうと家を探したのだけど、結局見つけられないのだと。でも住める人はすぐに家が見つかって住めてしまうのだそうです。

のんちゃんは、きっと御牧ヶ原に呼ばれたのでしょうね。
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そんな御牧ヶ原にある「茶房 読書の森」には、本当にいろんな人たちが訪れます。
失礼ながら、こんな辺鄙な場所にお客さんが来るのだろうか、、、と思いきや、僕が行った時に僕が一人になるということがほとんどありません。しかもお店で一緒になったお客さんと話が弾んで行き、そのまま夜まで居座ってしまうなんてこともよくあることです。

以前「定休日はないのですか?」とお店の方に聞いたら、「一応お正月は休みなんだけど、結局お正月も誰かがお酒を持って入ってきちゃうのよぉ。」と言ってました。そして「こやまさんも今度のお正月にどう?」と・笑

そんな「茶房 読書の森」にはファンも多く、芸術家も多く集まってきます。
その昔東京にも後の名だたる作家たちが集まっていたと言うサロンがあったりだとか、後に有名になる漫画家たちが集まっていたアパートがあったりなどといったことをよく聞きますが、この「茶房 読書の森」ももしかするとそんな場所なのではないかと僕は思っています。
惹かれる人たちには何か共通点があるように僕は感じるのですが、僕は密かに「茶房 読書の森」は今流行のパワースポットだと思っています。

そんな場所に欠かせなかったのんちゃん。
僕は最後の3年しか知りませんが、それでものんちゃんに「茶房 読書の森」に導いていただいて、本当に嬉しく思っています。

のんちゃんの最期の時は、愛してくれたたくさんの人たちに看取られて旅立ったのだそうです。
一番愛してくれたのはのんちゃんを見つけてきたカフェの娘さんなのですが、彼女は現在美大に通い離れて暮らしているものの、ちょうど春休みで帰省中で、最期の時に立ち会うことが出来たのだそうです。
そしてのんちゃんは、その一番愛してくれた娘さんに抱かれて、安心した顔で、眠るように亡くなったそうです。のんちゃん自身にとっては、最も幸せな旅立ち方だったのではないでしょうか。

のんちゃんの訃報を聞き、多くの人がお別れに訪れ、お花やお供え物だけでなく、「野雲融気大犬畜位」という戒名までつけてもらったそうです。

のんちゃんの病気が発覚してから半年。その半年間は、のんちゃんは歩くことも難しくなり、部屋の隅などで寝ている姿を僕もよく見てました。
それでもお客さんが来ると、足を引きずりながらも出迎えに行き、そして見送っていました。それが自分の仕事だと言わんばかりに、懸命に勤めを貫いた。なんだかその姿が僕には、往年の大スター・美空ひばりさんが伝説の不死鳥コンサートで最後に「人生一路」を歌い上げた、あの偉大で気高い姿と重なって見えていました。
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そしてその半年があったから、きっと多くの人たちがのんちゃんにお別れを言えたのだと思います。

僕が最後にのんちゃんに会ったのは、亡くなる2週間前でした。これが僕が撮った最後の写真です。
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のんちゃんが「茶房 読書の森」へやってきた時の話や、僕が出会ってからの元気だった2年半と、病気になってからの最後の半年。
それを知る僕にはのんちゃんが犬だとは思うことが出来ず、そしてその最期は、人間でもなかなか出来ないような、素晴らしい迎え方だったのではないかと思います。

きっとこれから先も、姿はなくとも、のんちゃんの魂は「茶房 読書の森」を訪れる人々を暖かく迎えてくれることと思います。
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そして美空ひばりさんが今でも多くの人たちの記憶に残り愛され続けているように、のんちゃんものんちゃんを知る多くの人たちの心の中で生き続けるのだと、僕は思っています。
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のんちゃんはすでにお墓に入ったそうなのですが、僕も早く手を合わせに行きたいと思っています。

あれだけの方でしたので、身近にいたご遺族の方々のお悲しみいかばかりかとお察しいたします。
ここに謹んでお悔やみ申しあげ、のんちゃんの安らかなるご冥福を、心よりお祈りいたします。

のんちゃん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
あなたに出会えて、よかったです。
posted by Coyama at 23:02| 思ったこと・感じたこと