2012年03月15日

誕生日に思うこと

(※メモ:後日要修正)

毎年誕生日になると、JALから次のようなメールが届きます。

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お誕生日おめでとうございます
いつもJALをご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
お祝いの気持ちを込めて、バースデーメールをお届けいたします。
素晴らしい旅に恵まれた、健やかな1年でありますように。
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36回目の誕生日の今日も届きました。

きっと何かの際に誕生日を登録したため、誕生日になると自動的に贈られてくるのだと思いますが、サービス旺盛だなと思うよりも、なんだかその機械的な送付に嫌な気分になります。

そんなことを思った時に、ふとあることが気になりました。

僕は日本で騒がれる前から、Facebookを利用しています。最初は海外の友人たちとのコミュニケーションツールとして利用していました。
それが昨年の春過ぎあたりから急に日本で使われるようになり、気がつくと日本では当たり前のように使われるようになって、僕もそれまで使っていた英語やデンマーク語と違って、日本語でやり取りできるのが楽になり、今ではほとんど日本語で書き込みをしています。

ただ気になっていることのひとつに、プロフィールに誕生日の登録があり、Facebookを利用している方ならご存知だと思いますが、友達登録をしている人が誕生日になると自分のFacebookの画面上にそのことが表示され、お祝いメッセージを送るよう促されます。
さらに共通の友人たちがその人に誕生日メッセージを送ると、そのことも自分のページに表示されるため、僕だけかもしれませんが、なんだか自分もメッセージを送らないといけないのかな、と思ってしまいます。

もちろん親しい友人には誕生日にお祝いの言葉を贈りたいと思うのですが、でもそれって何もFacebookじゃなくてもいいと思うのと、そもそも親しい友人の誕生日は、Facebookに教えてもらわなくても、誕生月程度は覚えているものなのではないかな、という気持ちがあります。

誰かが登録してある誕生日の日に、Facebookに教えられて、それに促されてお祝いメッセージを送る。でもこれってなんだか冒頭のJALメールと同じようなものなのではないかな、とある時に僕は感じました。
ちなみに僕がそう感じるだけで、一般にFacebook上で行われている誕生祝いのやり取りを批判するつもりはありませんし、誰かの誕生日が表示されたら、お祝いの言葉を贈りたい人に対しては僕はメッセージを書き込んでいます。
でも、矛盾しているのかもしれないのですが、僕自身がお祝いされるのは、本当に身近な人だけでいい、と思っています。

そんな時に、何か良い方法はないだろうかと思っていたら、Facebook上での誕生日を非表示に出来ることを知り、誕生日の1週間前から僕は誕生日を非表示にしておきました。
もちろん隠すつもりはありませんので、明日にでも再び表示しようと思っています。

ちょうど昨年末に、それまでFacebookを利用していた友人が突然その使用をやめると言いFacebookから退会しました。
先月その友人と食事を一緒にした時にその理由を訪ねたら、SNSでのやりとりに虚しさを感じたといいます。自分はもっと現実の友人関係を大事にしたいし、今あるその関係だけで十分だ、と。
その友人の生き方や充実した生活を知る僕には、その友人が言っている意味がなんだかわかる気がしました。

僕の場合はいろんな場所の人に出会ったり、海外に住む友人たちもいますので、普段はなかなか会えない離れた場所にいる人たちなどとコンタクトが取れるということでとても重宝しているのですが、近くにいる人とは普段から会えばよいと思いますし、むしろそんなインターネット上の付き合いよりも日々現実の付き合いの方を大事にしたいとも思います。
それが例えば誕生日のお祝いの言葉とかなのですが、ちょっと足を運べば言えること、パソコンメールや携帯メールなどで個別に言えることを、わざわざFacebookで第三者にも見える形で言う必要もないかな、と。

そもそも誕生日というのは、僕にとっては、人から祝ってもらうものではなくて(もちろんそれも大事なことですが)、自分が今日まで生きてこられたことに自分自身が感謝をする日、だと思っています。

そして現実世界であろうがSNSであろうが何であろうが、生きている中で多くの人たちと出会い、繋がりを持てたということ、それがいい出会いであろうが悪い出会いであろうが、それらはいつも自分を成長させてくれることに繋がっていますので、そのことに対して、誕生日の限られた日だけではなく、常日頃から感謝をするようにしています。

上記のFacebookに関することや誕生日に関することは人それぞれですし、僕の考えが誰にとっても正しいことだとは思っていませんし、考えを押し付ける気は全くありません。これは僕が僕だけに思っていることで、それぞれの人にそれぞれの考えや繋がり方、祝い方祝われ方があると思います。
それでいいと、僕は思います。

ただ僕は、自分が出会う人、出会った人、大事な人に対して、365日の中の特別な1日だけを大切にするよりも、その人と会えたその日その日を大事にしたい。そんなふうに思える大人になれたらいいな、と思っているのです。
まだまだその道のりは、遠いですが。
posted by Coyama at 23:25| どうでもいいこと