2012年03月11日

明日に向かって

(※メモ:後日要修正)

今日は東日本大震災の発生からちょうど1年。
被災地の方々にとってみればそんな区切りなどは関係ないことだと思いますし、被災を免れ今日を生きていられる私たちも「1年だから」とか関係なく、日々祈りと感謝と前進を考えていかなければいけないと思っています。

そんなことを考えさせられた今日一日でした。

あの一年前の出来事から、本当にいろんなことが変わっていき、いろんなことを考えさせられました。
そんな中、世の中を眺めている中で、日本の人々が『絆』という言葉を使うようになり、今日もあちこちで目にしたり耳にしました。

とても大事なことだと思いますし、それぞれの取り組みを非難するつもりはないのですが、あえて言わせていただきたいと思うのですが、日本人が発しているその『絆』という言葉の裏に、本当に『絆』はあるのでしょうか。

こんなことを書いたら、反感する人も多いことと思います。
僕も僕の考えが、単なる自分の思い過ごしであればいいと願ってますし、出来れば間違いであってほしいと思っています。

ただ、このようなご時世だから、言葉は悪いのですが時代に便乗した『絆』信仰に走っている日本人が多くないだろうかと、思ってしまうのです。

デンマークにいた頃、デンマーク人だけではなく世界各国のいろんな人たちと出会い、その人たちのコミュニティを覗かせてもらいました。
そこには多くの国が、本当に強い『絆』を持っているな、と感じさせられました。
ヨーロッパだけではなく、韓国や中国など、日本のお隣のアジアの国々の方々からも、同郷の繋がりの強さを感じさせられました。

そんな中で、僕が一番国民同士の『絆』が薄いと感じた国民が、日本人だったのです。

他の国の人たちはそれぞれに同郷のネットワークや助け合いが多い中で、我が日本は、なぜだかそういうことをしないように感じました。
これは僕があくまでデンマークでの経験で感じたことで、他国では日本人の強いネットワークも存在しているかもしれません。
だから一概に日本人が『絆』は薄いとは言いきりませんが、少なくとも僕がデンマークにいた時に接した日本人ネットワークは、同時に接した他国のネットワークに比べて、『絆』が薄いと感じました。

例えば、本当にちょっとしたことなのですが、我々外国人がデンマークの首都コペンハーゲンで住居を探そうと思った時に、留学生などこれからデンマークへ足がかりを作っていく人たちにとっては、とても困難なことです。
でも多くの日本人たちはその困難を自分で乗り越えて、自力で住居探しを行っていきます。

ただ他の国の人たちをみていると、なんだかそういった住居情報がそれぞれのネットワークの中で出回っているように、僕は感じたのです。
故郷から今度来る若者が、住居を探しているようなのだがどこかいいところはないだろうか、と誰かが言うと、同郷人のネットワークで情報が回ってきて、とりあえず足がかりは確保が出来る。
もちろん何から何まで人がやってくれるわけではなく、最初の部分は助けるが、その後来てから先は自身で切り開いていくもの。ただ最初の部分は、大変だろうから助けてあげるよ、と言ったようなことが、先輩から後輩へ行われているような気が、僕にはしたのです。

簡単なことだと思うのですが、毎年日本からもデンマークに留学生がいるわけで、同じ時期に来て、翌年に来る人たちと入れ替わりに帰国していく。だったら部屋が空くわけだから、日本人のネットワークを介して後輩へ情報を紹介してあげれば、後輩たちも行く前からの住居探しでさんざん悩むこともないと、僕は思うのです。

僕の知る限りでは、結構多くの人たちがその住居問題には困っていて、結局日本を出る時にもまだ住居が見つからず、最初の数週間は現地のホテルで過ごして住居探しをしていた、ということをよく聞きました。

その住居のことだけではなく、右も左もわからないで渡った異国で、知らないことはたくさんあるわけです。
でも、住んでいるうちにわかってくることはいっぱいある。

例えば、故郷が恋しくなり日本食材を食べたいのだが、純粋な日本食材は高くて貧乏学生にはなかなか手が出せない。
でも、どこどこのスーパーで売っているなんとかと言う食材は、日本食材に近い、とか、調味料は純正とはちょっと違うけど、ここの店で手頃な値段で手に入る、とか。
逆に日本食材でなくても、現地で安くてお腹いっぱい食べれるお店、日本から客人が来た時に連れて行けるおすすめのレストラン、素敵なカットをしてくれる美容院、親切な店員がいる雑貨店など、教えたからと言って損になるような情報でもないでしょう。

また差し上げます譲りますといった、先輩が後輩へ贈れるものって普通にあると思うんですよ。電化製品とか鍋とか。

それは、もちろんその右往左往すると言う経験も重要なことなのですが、先へ送れることは先輩から後輩へ伝えていっていいと、僕は思うのです。

そういった、日本人のネットワークって出来ないのだろうか、先輩たちが後輩たちへ繋いでいく、人としての、いわゆる『絆』というものが出来ないのだろうか、と僕はデンマークにいた時に感じて、それを作ろうとしました。

あれからもう10年が経ったわけですが、今それがデンマークに出来ていないということは、出来なかった、というのが結果なのだと思いますが、まぁでも今は当時とだいぶ状況は変わっていて、インターネットが発達したりmixiやFacebookといったSNSも活用されていますので、意外と事足りてしまっていることもあるのかなと思っています。

ただそのネットワークを作ろうとした時に、たくさんの日本人の人たちと話をしたのですが、多くの人たちがその必要性を感じてくれなかったことを覚えています。
賛成してくれて協力してくれたのは、1割ぐらいの人たちでした。
半分は、あってもなくてもいい。という人たち。これはわかります。
2割ぐらいの人は、なんで海外に来てまで日本人と付き合わなければいけないの。私は海外に来たんだから日本人以外と付き合いたいのよ、という人たち。これも、僕は好きではありませんが、お気持ちはわかります。
ただ驚いたのは、残り2割の反対の意見の人たちが言った言葉でした。

今でも覚えているのは、上記のようなネットワークがあると後輩たちの役に立つのではないかと、留学されていた年上の研究者の方にお話しした際に、その方は僕にこう言いました。
「なぜ私が人に何か教えなければいけないのか。私の苦労は私の苦労。それを後輩に教える必要はない。人はそうやって成長していくものだから。」

僕はその方々が勘違いをしているのかと思い、研究成果や学んだことを伝えていくのではなくて、日常生活の便利情報や後輩たちに役立つ生活のちょっとした情報だということを説明したのですが、残念ながら先の言葉を繰り返されるだけでした。

他にも「大きなお世話」や「必要性が感じられない」といった意見も多く聞かされました。

結果としては、僕が他国のネットワークから感じた強い同郷人間の繋がりは、僕がデンマークにいた時期に前後する日本人のネットワークからは見出せませんでした。
挑戦をしてみたものの、結局はつくられていくネットワークは、仲の良い人同士、近くにいる人同士、気の合う人同士で固まってしまうという個別の集まりに収まっていき、それが日本人らしいということなのかなと考えさせられました。

ちなみに僕がそんなことをしていたのは、今から10年近く前の2003年前後のことです。

『絆』ということでは、その8年前に阪神淡路大震災が起こり、今の東日本大震災のように日本が一つになり、人と人とが助け合う、『絆』というものがいかに大切か、ということが今と同じように取りだたされていたのではいかと思うのです。阪神淡路大震災を機会にボランティア組織なども多く発達し、それが脈々と受け継がれて今回の東日本大震災の直後にもとても効果のある助けになったと聞きます。

それなのに、阪神淡路大震災の8年後にデンマークで僕が見た日本人の縮図社会には、人と人同士が助け合う、先輩たちが後輩たちへ何かを伝えていくと言う『絆』が、僕には“20代30代の多くの若者が持っていない”と当時感じさせられました。

デンマークの日本人社会が特殊だとも思えませんので、きっとそのことは日本でも同じなのだと思っています。

阪神淡路大震災の後も、復興や助け合いということは多く聞かれたと思います。
そしてその時の教訓は、確かに東日本大震災の時にも活きたと思います。

でも、人の気持ちは、どうなのでしょうか。

今日、『絆』『絆』と言っている人たちは、今だから流行信仰で思い込みで言っていることなのか、心の底から考えてこの先も持ち続けてくれることなのか。

先日、被災された方の話を聞いた時に、その方がこんなことを言っていたことが気になっています。

「今回のことで考えたことをそれぞれの地方の人がそれぞれで活かしてくれるというのが、ひとつの未来に向かってのことだし、それってすごく大事なんじゃないかと思うんです。そうしないと、ただひどいことがありました。何年間かけて戻りました。となってしまって、それだけでは意味がないと思うんです。」

それで僕がデンマークにいた時の日本人留学生社会で感じたこと思い出したわけです。あの頃の若者は、阪神淡路大震災を抱え復興を支えたた日本の国民の、人と人との『絆』を教訓に学べていたのだろうか、と。

そして、今、東日本大震災を機に、日本の人たちが口に出していったり心の中に思っている『絆』は、本当のことなのか、一過性の流行熱のようなものなのか、と考えてしまったわけです。

『絆』を掲げ、活動されている人たちを非難するつもりも批判するつもりも全くありません。心から支持し、応援しています。
その中で、今はその気持ちが本心だろうが流行であろうが、それでいいと僕は思っています。
大事なことは、今はそれが流行で乗っ掛ったことである人たちでも、続けていくことで本心になれるかどうか。
それには本人の気持ちもありますが、周囲の環境や大人たちも重要になってきます。

なんだかまとまりのない文章になっていますが、言いたいことは、今回のことで考えたことを、きちんと未来に向けていこう、ということです。
1〜2年で熱が冷めてしまうことではなく、10年も20年も30年先も心にあるような、そんな芯を持った大人たちを、少しでも多く日本に作っていこうじゃないか、ということです。

多くの方が亡くなり、たくさんのものを失ったことの痛みを、少しでも和らげられることがあるとしたら、それは悲しみからの教訓を活かした未来の日本が、明るく良い社会になっていて、周囲と『絆』を結うことのできる子孫たちが、笑顔で暮らしていることなのではないでしょうか。

ではそれに対して僕自身に何が出来るのかはわからないのですが、とにかく扉は、叩き続けていこうと思っています。

最後になりましたが、東日本大震災やこれまでの天災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げ、被災されたすべての方に、改めてお見舞いを申し上げたいと思います。
posted by Coyama at 23:59| 思ったこと・感じたこと