2012年03月07日

それでいいのかよ!

先日の「茶房 読書の森」での人形作家イフンケさんの座談会。会場は入りきれないくらいの人で溢れていました。
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みなさん熱心に話を聞かれていたのですが、実はひとつ残念なことを聞きました。結局座談会に参加をされた方で、積極的に寄付をされたりイフンケさんの人形を買われた方がいなかったのだそうです。
中には「これだけ募金を集めました。どこに送るとよいでしょうか!」などと喰いつくようにお話しされている方もいたのに、その方々が被災されたイフンケさんのお人形を買うこともなかったのだとか。

でも僕はふと思ったのです。
イフンケさんは自身も被災し、ご両親とおばあさまを津波で亡くされ、離ればなれで被災したお子様たちと数日後に涙で再会され、大変な状況を乗り越えてご自宅に戻った際に、奇跡的に人形たちが生き残っていたの見た。繊細なものなので、きっと家具や何かに押しつぶされたり、落ちて壊れたりしていると諦めていたのに、人形たちはきちんと残っていたのだそうです。
イフンケさんはその姿を見て、自分はこの人形たちを作っていくことで、人々に希望を与えたいと決心されたのだとか。

僕は人形に関しては素人ですのでよくわかりませんが、素人目で見ても心安らぐ素敵な作品だと思いました。
そしてイフンケさんのお話をお聞きし、購入したいとか購入することでお金を渡したいとかそういうことではなくて、淡々と語るイフンケさんのお話と、何か背後には一抹の哀しさを持ちつつも前向きに震災のことを語ってくださるイフンケさんが、思いを込めて作られたものを、是非手元に置かしていただきたいと思い、1つ譲っていただくことにしました。
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当日の座談会でとても印象に残ったのは、イフンケさんのこんなお話でした。

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あの、あまり表立っては言えないですけど、僕的には、今回のことで考えたことをそれぞれの地方の人がそれぞれで活かしてくれるというのが、ひとつのなんていうか未来に向かってのひとつだし、それってすごく大事なんじゃないかと思うんです。
そうしないと、ただひどいことがありました。何年間かけて戻りました。となってしまって、それだけでは意味がないと思うんですね。
それぞれの人がそれぞれの立場で考えてやってくれるというのが、すごく僕はありがたいことだなと思います。

それと、こういう小さな集まりではあったんですけど、こんなにたくさん人が来てくれるということ、向こうのことを考えていますよという人がいるということが、ものすごく嬉しいんです。
あのね、石巻の市内ですら格差が今ものすごいんです。結局水が来たところは徹底的にダメになってしまった。来なかったところは3日か4日目ぐらいから電気もついているし、水道の復旧は遅かったけども、まぁ、要は前と変わらないですよ。
だからまぁ被災したなんて言ったって、感覚的に、いつまで被災者面しているのよ?みたいなふうに石巻の中でもそうなっていることもないわけではないですしね。

ただそういう中にいる人にとってみると、本当に我々がその生活が何とかなる前に、震災があったこと自体が忘れ去られてしまうんじゃないかという恐怖がすごいあるんです。
去年あたりなんか、“こんなすごいことあったけど、暮れの番組で今年こんなことがありましたね”と紹介されて終わっちゃうんじゃないか、みたいな話があったくらいです。
だからよその人の目がまだ向いているんだよというか、忘れていないんだよということを伝えてもらえるということは、本当に嬉しいことだと思いますね。

さっきから何度も言っているように、あまり国とか大きな機関があてにならないというのは、やっぱりわかる。だから余計に個人的にというか、向いている人たちがいるんだよということが、見える・わかるというのは、すごく嬉しいこと何じゃないのかな、って。
そう思います。

だから気持ちが向いていてくれるということ。忘れてないよ、っていうのは、それだけでもね、すごく、大きな力なりになってくるのではないかな、と思いますね。
*****

もちろん直接的な支援や寄付金集めも大事なことだと思います。

実は当日の会場で、義援金の送り先の話などが多く出ていました。
「私はこれだけ集めた。」「知り合いで何百万円集めていて、それを送りたいけど大きな組織は信用ならないから、どこぞの自治会などに直接送りたい。」

“自分は!”
“自分が!”
“私たちは!”
“なんとか議員は!”
“被災地行きました!”
“お金!”
“義援金!”
“100万円!”
“200万円!”
“300万円!”

そんな言葉が、いい具合にお年を重ねられ、経験やネットワークを持たれていて、積極的で行動的な、見た目は大人の方々からたくさん出ていました。
大事なことだと思うのですが、でも、なんか違うと、僕は思うんです。

イフンケさんはこうも言ってました。

*****
実はこれも報道ではあまり出ていないのかもしれないですけど、あのね、確かに、まぁ悪い面なんですけど、いろんな支援とかが全国から来たりしているのですが、逆に、私は今農家さんを手伝う仕事をしているのですが、その青年部の会と言う若いお兄ちゃんたちの集まりで、要は今まで宮城県産だとか福島県産が出ていた業界のシェアを、ここぞとばかりにみながよそから取っていっちゃうんですよね。それがものすごいんですよ。
それで宮城のイチゴなんてのがあったのですが、それが出せなくなったので、2倍増産をしているところとかがあるんですね。それがどんどん増えている。そういうことが進むと、どうなるかというと、仮に農家の人がもとの土地で作れるようになりましたとなっても、もとのような生活っていうのはもうできない、売る場所がなくなっちゃうから。
だから結構こういう再開発のような時も、結局地元の企業がダメになっているんですよね。よそからのものに取って代わられる。もうけっこう噂されています。

だから「それでいいのかよ!」って、やっぱ心情的にはそうなりますよね。

大昔に、江戸の大火で材木を売ってもうけた人もいますけど、それと同じことを今やってていいのかよ!って。
で、「それでいいのかよ!」っていうことは、一人一人がやはり考えて、さっきも言ったように地元での自分たちの身近なことへのあり方とかでいいのですが、みながそれを考えてちょっとずつ変えていく。そういったところから、というのもやはり一つの支援じゃないかな、と思います。

だから本当、考えること。
人間としてこれでこうやって生きていていいのか。
たくさん。うん、そうなんじゃないかな、と思います。はい。
*****

「それでいいのかよ!」

とてもいいお話で、とても心に響いたのですが、残念なことにこの発言の後に、ご自身の活動の宣伝をされた方々が数人いらっしゃって、思わず心の中で「それでいいのかよ!」と思ってしまいました・笑
直前に『さっきも言ったように地元での自分たちの身近なことへのあり方とかでいいのですが、みながそれを考えてちょっとずつ変えていく。そういったところから、というのもやはり一つの支援じゃないかな、と思います。』と言われたばかりなのに。

もちろん、みなさんが行われていることは、どれも素晴らしいことだと思います。
行っていることを僕は全く非難はしません。正しいことだと思います。

でも、その活動だけが全てじゃない。唯一じゃない。

現地に行くのが偉いのか?お金を集めるのが偉いのか?

「それでいいのかよ!」

こんなことを書いて、じゃあ自分には何が出来るのか、イフンケさんの人形を購入したからいいのか、と、そうでもないと自分でも思いました。
それで考えて考えて、自分に出来て、一つでも何か役に立つことはないかと考えました。

座談会当日、会場は溢れんばかりの人で、最終的には会場に入りきれず、話を聞きたくても聞けない方もいらっしゃいました。
お子さん連れで来られていたけど、子どもがぐずりだして途中で出て行かれた方もいました。
また当日関心はあったけど、予定があって来れない人もいたことでしょう。

当日のイフンケさんの話は、本当に心に響く素晴らしいお話でした。
東日本大震災の被災地の支援に対して、ちょっとでも関心があるのであれば、聞いてもらうだけの価値のあるものだと思いました。もっと多くの人に知ってもらいたいと思いました。

実は当日、僕はICレコーダーを持ち込んで、座談会を録音していました。
そこで、今の僕が出来ることとして、その約100分の座談会を、文章に起こすことにしました。

先日のブログに、僕は無理なことはしないと書きましたが、こういうことは早ければ早いほどよいと思い、ちょっとだけ無理をして、録音を全て文章に起こし、昨日「茶房 読書の森」へメールでお送りしておきました。

その文章はさっそく今朝から「茶房 読書の森」に置かれているそうです。

ご興味ある方は、カフェでコーヒーを飲みながら、ゆっくりとそれを読んでいただいて、ギャラリーでイフンケさんの作品をご覧いただくと、また違った見方が出来るのではないかと思います。
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また場所が場所だけに、行きたくても行けないという方もいらっしゃると思います。
もし座談会の内容に興味がある方がいましたら、メールなどでご連絡いただければ、そのレポートをお送りさせていただきます。

自慢するつもりはまったくなく、本当はこのことは書きたくなかったのですが、現地に行くわけでもなくお金を出すわけではないけれど、自分たちの身近なところでも出来る支援の形のひとつの例として、書かせてもらいました。

本当、『地元での自分たちの身近なことへのあり方とかでいいのですが、みながそれを考えてちょっとずつ変えていく。そういったところから、というのもやはり一つの支援じゃないかな、と思います。』だと思います。

イフンケさんは座談会の中でこんなことも言ってました。

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やはり今回のことがあってすごく思うんです。「縁」という目に見えない力は本当に認めざるを得ないな、と思うんです。
脳みそで考えるというよりも、僕の場合はもう脳みそで考えた他に実体験にすりこまれてしまったところがあるので、もう降参状態なんです。そういうものを認めるしかないな、と。
で、それを認めてしまうとすごく、世界が変わって見えてくるんです。
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それで、冒頭の人形の話なのですが、あれはきっと人形を買ってくださらなかったのではなく、人形の方が持ち主を選んだのだと、僕はそう思うんです。
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さて、みなさんとは「縁」がありますでしょうか。
posted by Coyama at 23:54| 思ったこと・感じたこと