2012年03月05日

旅立つ時の顔

昨日も書いた3日の長野県小諸市の「茶房 読書の森」での夜のこと、会食をしながら震災を経験された人形作家のイフンケさんの話を聞いていた中で、とても興味深い話を聞きました。

津波でご両親とおばあさまを亡くされたイフンケさんは、ご親族を探される間に本当に多くの亡くなられた方々を見られたそうです。

その時に、不思議に感じたことがあるのだと言います。

イフンケさんが見た亡くなられた方々の顔の表情は、大きく2つに分かれていたのだそうです。
一方は、本当ににこやかな顔で亡くなられている方。そしてもう一方は、苦しそうな顔で亡くなられていた、と言うのです。
中にはおそらく激しい津波に驚いたのか、驚いた表情のまま亡くなられていた方もいたそうなのですが、それでも多くは前述の2つに分かれていたのだと言います。

不謹慎な話でもあるのですが、その場でその話を聞いていた人たちはこう考えました。
結局は、最期の瞬間に、思い浮かんだことが顔に出たのではないだろうか、と。

自分が旅立ちを覚悟したその瞬間に、最後に何が思い浮かんだか。
「あぁ、楽しい人生だった。」「幸せな人生だった。」と思った人は、にこやかに微笑んでその瞬間を迎え入れた。
一方でやり残したことがあったり悔いがあった人は、その思いが苦しそうな顔となってしまったのではないか、と。

イフンケさんがそのことでさらに不思議に感じたのは、大人はそのように大きく2つに分かれていたそうなのですが、子どもはほとんどが、そういう表情のない、スーっとした何とも言えない仏様のような顔で亡くなっていたのだそうです。

この話をこうして書くのがよいのかどうか迷うところでもあるのですが、それでもとても大事なことだと思うので、あえて書いておきたいと思います。

これは津波の被害などだけではなく、人が亡くなるという時に、同じことなのかなと感じたからです。

昨日の座談会やイフンケさんの作品の紹介では、「諸行無常」という言葉が時々登場していました。
「諸行無常」とは、ご存知の方も多いと思いますが、この世の現実存在はすべて姿も本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないこと、という意味です。
そこにはつまり、人の死も含まれます。

形あるものはいつかは壊れる。命あるものはいつかは滅びる。

生きている限り、いつかは最期が訪れます。
それは本当に、いつなのかは、誰にもわからないことです。
今こうしてこれを書いている最中に、僕は突然発作を起こして亡くなる、ということもあるかもしれません。

その時、僕は最後にどう思うだろうか。

人間誰にだって、やり残したことや生きている間にやりたかったことは1つ2つあるでしょう。
最期を迎える時に、それを思い、後悔の思いを抱いて亡くなるか。
いくつもやりたいことはあったけど、それ以外にも達成できたことや楽しいこともたくさんあった。まずますの人生だった、という思いを抱いて亡くなるか。

幼くして旅立つこととなった子どもたちは、純粋な心を持っているから、邪心を抱くこともなく、仏様のような顔で、最期を迎えるのかもしれません。
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そして考えてみると、その最期の顔というのは、本人には見えないわけです。だから自分にとってはどうでもいい話なのかもしれません。
ただ、残された遺族は見るわけです。

その時に、苦しい顔をしていたら、残された遺族はまだ思い残すことがあったと知って悲しむことになる。
穏やかに、にこやかな顔で亡くなっていたら、残された遺族も少しは悲しみが和らぐ。

ちなみにイフンケさんのご親族は、にこやかな顔で亡くなられていたそうで、それは救いだったと言います。

こうして書くにはとても難しい話題ではありますが、最期を迎えるその瞬間に、どう思いを馳せて亡くなるか。
「いろいろなことがあったけど、それなりに楽しかった。みんな元気でね。ありがとう。」
そう思い、にこやかな顔で、見送ってくれる大事な人たちに顔向けができたら。そういう最期を迎えられるような生き方をできたら。僕自身はそうありたい、と思っています。

最後に、東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げ、被災されたすべての方に、改めてお見舞いを申し上げたいと思います。
posted by Coyama at 22:40| 思ったこと・感じたこと