2012年03月03日

無理なものは無理

今日は長野県小諸市にあるカフェ「茶房 読書の森」に来ています。
http://www.ne.jp/asahi/dokusyonomori/shinsyu/

快晴の小諸の空の下、午後からのイベントに参加をし、結局そのまま夜までいて、お酒も入ってますのでこのままお泊まりする予定です・笑

このカフェに来ると心からリラックスが出来るので、僕は3年前からよく通っています。
この場所に流れるのんびりとした時間や、この場所に集まるいろんな人たちの話を聞いていると、本当に楽しく心が安らぎます。
そして都会での社会生活や、人間関係のしがらみなどで固くなった頭や心を、いつもほぐしてくれます。

もちろん生きていく・食べていく上で、やらなければいけない事、やるべき事もたくさんあるのですが、過度に無理をして行うのもよくありません。
適度に息抜きの出来る場所、リフレッシュできる場所や時間は、人間には必要なことだと、僕は思っています。

デンマークの語学学校にいた頃、毎日のようにたくさんの宿題を出されました。
そこは全寮制の語学学校で、朝9時から午後3時頃までは授業があり、その後は自由時間。しかし自由とは言っても学校は人里離れた森の中にあり、最寄りの街までは1時間に1本あるバスで10分、大きな街までは1時間かかり、そう遊びにいくことも出来ず、多くは学校内で過ごし、夜は宿題に没頭していました。

授業が進むにつれ宿題の量も徐々に増えていき、連日徹夜で宿題を行うようになっていきました。

そんな徹夜で宿題をした明け方のこと。朝食をとろうと早めに食堂に行くと、日本人女性のKさんが、すでに朝の散歩を終えてコーヒーを飲んでいました。

僕は食堂に用意されていた朝食のパンを取り、Kさんに挨拶をして前の席に座り、「昨夜は宿題で徹夜しちゃいました。」と切り出しました。
するとKさんは僕に「そんなに無理をする必要なんてないのよ。世の中には無理なものもある。無理なものは無理。あなたはいつも一生懸命だから、それを学んだほうがいいわよ。」と言われました。

当時Kさんは確か36歳、僕は26歳でした。
その時に僕は「そうは言ってもやらなければいけないことはやらねばならないと思います。」と反発をしました。

するとKさんは「ふふ、あなたらしい。あなたも年齢を重ねればわかるようになるわよ。」と冷静沈着に言われました。

その後たわいもない会話をして朝食を終えたのですが、僕は先のやり取りをあまり納得していませんでした。『自分はデンマーク語をマスターしにここに来ていて、授業の中で宿題が出ている。それはやって当然のことだし、多少無理してでもやらなければ自分自身が成長しない。』と思ったからです。

部屋に戻り「よし、俺は間違っていない!」と自分に言い聞かせ、自信満々に徹夜で仕上げた宿題を持って朝の授業へ出かけました。

すると、その日は教師が病気で休みということで別の授業に変更になり、前夜徹夜で仕上げた宿題は結局使われることはありませんでした。
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昼食時にさっそくそのことをKさんに話したら「そういうものよ。」と。

僕はその体験以来、無理をしてまで物事を進めることをやめました。

もちろん物事に対しては全力で挑みますが、人間として限界のあることをきちんと理解し、そこに無理がかかるようなことまではしないようにしたのです。
だからよほどのことがない限り僕は徹夜作業などはしません。睡眠も人間にとっては自然なことであり、必要不可欠なことだからです。

あれから10年が経ち、僕はあの頃のKさんと同じ年齢になりました。
その間に、いろいろな人たちと出会い、いろいろな体験をしてきました。
無理をしていることで苦しんでいる人、無理がたたって苦しみ続けている人やその家族など、たくさんの人たちを見てきました。
確かに若いうちは自分がなんでも出来るとう向上心と野心で無理をしてしまいがちなのですが、人生は長い。そんな長い人生のスパンで考えると、一極集中の無理よりも、長期にわたる継続のほうが、結果的にはよいということも知りました。

先日先輩からこんな話を聞きました。
「30代は、自分が天下をとれると生意気な野心を持って行動する」
「50代は、自分の取れる天下のやり方を探って行動する」

これは、50代にもなれば無理なものは無理だということが自分でもわかっていて、その中で自分にできることを行う、ということだと思います。しかしそれは50代特有の考えや姿勢でもなく、人生一般に言えることだと思います。
つまり30代で自分の取れる天下のやり方を探って行動ができれば、そのほうがより天下取りに近づく、かもしれない。

時々お年を召してまでも仕事などによる時間の余裕のなさを自慢気に言う人を見かけるのですが、本人は大変さや若さをアピールしたいために話されているのだとは思いますが、端から見るとそれは決してかっこいいことではありません。
本当の大人のかっこよさは、忙しくても徹夜をしても苦労をしても、それを決して表には出さない堂々とした余裕さにあると僕は思います。

塩野七生さんの「男たちへ」という本の中にも、こんな記述がありました。
『男というのはオカシな動物で、自分が才能豊かな男であることと忙しいことは、比例の関係にあると思いこんでいる。とくに日本の男の場合はほとんどといっ てよいくらい、忙しければ忙しいほどたいした男であり、それを女に誇示する傾向から無縁でいられない。』

特に日本人は真面目な種族ですから、つい無理をしてしまう。頑張ってしまう。忙しぶってしまう。
でも「無理なものは無理」。今の日本人の多くに欠けているのは、そういったことなのかもしれません。
posted by Coyama at 21:00| 思ったこと・感じたこと