2012年01月28日

当たり前のこと

デンマークに住んで2年目となる8年前のこと、デンマークからドイツへ飛行機で旅行に行った帰りに、コペンハーゲン空港で多くの日本人観光客を見かけました。
そこには日本語で「北欧」や「デンマーク」の文字が書かれたガイドブックを手に、電車の切符を買うのに戸惑っていたり、コペンハーゲンの市街地に向かいたいのであろうに反対方面のホームに降り立ってしまったりと、不慣れで戸惑う日本人観光客たちの姿がありました。
DSCF0163.jpg

その人たちを見て、僕は「切符の買い方をしらないんだな」「あぁ、そっちじゃないのに」と思いました。
その時ふと、デンマークの生活に慣れ、その日常が当たり前になっているために、戸惑っている他人に対して知らずに見下している自分がいることに気がつきました。

『そんなのは当たり前のこと。』

それはまだ世界が未知の存在だった頃の僕がデンマークへの留学を目指し始めた頃、参考にと話を聞かせていただいた留学経験者のある方々の何人かから感じたのと同じ視線でした。『そんなのことも知らないの?』といった、見下されている感じ。
そのような気持ちが、僕にはとても不快に感じられたのに、気がつくと同じような態度をとっている自分がそこにはいました。
自分だって初めてデンマークに行った時、ホテルすら自分で予約することができず、同行した知人に頼って予約をしてもらい、なんとか宿を確保していたのに。

それから数年が経ち、デンマークで住宅を設計することになった時、お施主さんに僕が「これが初作品となるけど、本当に自分でよいのか?」と訪ねたら、「誰にだって最初があるんだから」と言われました。その言葉にとても気が楽になったのを覚えています。
そう、誰にだって最初があるんです。それを人間はいつの間にか忘れてしまう。

確かに現在ある自分の状況は、過去の自分が、自分自身の努力と苦労の積み重ねで作り上げ、築き上げてきたものかもしれません。しかし、それは決して自分一人で成し遂げられたことではいと思います。そこには多くの人たちの助けや協力があったはずです。
それなのに、人は経験や年を重ねていくと、なぜか今の自分の知識が万人にとって当たり前のことだと驕る気持ちを持ってしまい、無知な人に対して高飛車な態度をとるようになってしまう。

『誰にだって最初はある。』『自分だって最初は何も知らなかった。』
人は常に、そのことを忘れずに生きていかなければいけないと僕は思いますし、これから経験を重ね成長していく後輩に対して「そんなことも知らないの?」や「知っていて当然だよ」などと見下して話しをすることは間違っていると、僕は思っています。

その見下される感じは今でも、日本で生きていると多くの大人たちから僕は感じさせられることが多いです。
もちろん半分はそうでない大人や先輩達がいますので、なんとか希望を持って前に進む気持ちを保てています。

知らないものは知らないんです。経験もないものを知りようがないのに、それを自分が偉くなったような気分で教えられると、本当に不快に思うことがよくあります。
自分だって最初から何もかも知っていたわけでもないだろうに。僕はこれから学び、知っていこうとしているんです。

そうは言っても僕自身も他人に対して自慢げに自分の知識や経験をひけらかしてしまうことがよくあります。
その時は、あのコペンハーゲン空港のホームでの気づきや初めて住宅を設計した時のことを思い出し、「誰にだって最初がある」「自分にとっては当たり前でも他人から見たら知らないこともある」ということを戒めとし、注意していきたいと、日々思っているのです。

未経験で戸惑う後輩に「誰にだって最初があるんだから」と心から自然に言うことの出来るような、そんな大人に、自分はなりたいと思っています。
posted by Coyama at 21:30| 思ったこと・感じたこと