2012年01月24日

挨拶

小学校に通っていた幼き頃、担任の先生がいて、学年主任の先生がいて、他クラスの先生がいて、教頭先生がいて、校長先生がいて、用務員のおじさんがいて、そんな大人たちと朝会うと「おはようございます!」と元気に挨拶をし、帰りに会うと「さようなら〜」と笑顔で挨拶をしていた。
そういった経験は、おそらく僕だけの経験ではないはずだ。

36歳になろうとしている今でも、縁あって教育機関に関係している。ちょっとは名の知れた大学で、日本全国から立派に教育を受けてきたご子息やご令嬢が通われていると思われる大学だ。
僕が利用するキャンパスには便利なことに地下鉄が直結していて、ホームから上がるとすぐにキャンパスに出ることができる。
毎朝9時や10時、朝の授業が始まるであろう時間帯に地上に出るためのエスカレーターに乗ろうとすると、背中に大学の名の入ったスタッフジャンパーを来た用務員のおじさんが、エスカレーターの手すりを拭いている場面に遭遇する。

しかし驚くことに、僕の前を行く多くの学生や先生、研究者と思われる方々の誰一人として、その用務員のおじさんに挨拶をしないのである。
僕がおじさんに「おはようございます」と挨拶をすると、おじさんも笑顔で挨拶を返してくる。
しかし挨拶をした後にエスカレーターに乗る僕の後ろからは、たくさんの大学関係者が上ってくるのだがやはりおじさんに対しての挨拶は誰からも聞こえてこない。

僕の研究室のある建物には、日々スタッフジャンパーを着た用務員のおじさんやおばさんが掃除で巡回している。
自分たちの出したゴミを片付けてくれるのも、通路がいつもきれいなのも、トイレがきれいなのも、その人たちのお陰だ。
だから僕は朝その人たちに会った時には、「いつもきれいにしてくれてありがとうございます。」という感謝の気持ちを込めて「おはようございます」と挨拶をする。

学生さんたちを見ていると、自分の知っている先生や仲間にしか挨拶をしていないように思われる。
もちろん顔を知らない人にまで挨拶をしろとは言わないが、せめて用務員のおじさんやおばさんには挨拶をしてもよいのではないかと思う。
あなたたちが鼻をかんだティッシュも、食べ終えたインスタント焼きそばの容器も、読み終えた週刊漫画も、トイレの床にこぼした小便の滴も、片付けてくれるのは仲間でも先生たちでもない。用務員のおじさんやおばさんだ。

ある建築学科の研究室の前では、模型制作のために廊下で無造作にスプレーのりを使用したため、床がベタベタでひどい状態になっていたのを、数名の用務員のおじさんたちが必死で掃除をしていたのを見かけたことがある。

おそらくその研究室で学んだ学生たちの多くは、将来は設計事務所などに進み、建築設計で生計を立てていくのだと思う。
ただ、身近なモノや建物を大切に扱えない人間は、たいした建築士にはなれないよ、と僕は思っている。
でも僕は彼らの先生でも先輩でもないので、それを学生さんに教えることは出来ない。

僕は大学・大学院の時の恩師からは『きちんと挨拶をしなさい』と教わった記憶がある。
最近の先生たちは、そういったことは学生さんたちに教えていないのだろうか。

デンマークにいた頃は、道ですれ違った人でも、目が合えば挨拶を交わした。大学でエレベーターに乗り合わせた人とも「ハイ!」と軽く微笑んで挨拶をしていた。
日本では、知っている人としか挨拶を交わさない。

でも考えてみると、日本人だって小学生の頃、学校にいた大人たちには挨拶をしていたはずだ。それが担任の先生だろうが用務員のおじさんだろうが関係なく、学校に関係していた大人の人たちには挨拶をしていたはずである。

人は何歳から、挨拶をしなくなるのだろうか。日本人はいつから、知らない人には挨拶をしなくなってしまったのだろうか。
いや、もしかすると挨拶をする僕の方がおかしいのかもしれない。

そんなことを考えながら、今日も僕は大学で用務員のおじさんと会うと、「おはようございます」と笑顔で挨拶を交わしてしまうのです。
posted by Coyama at 12:38| 思ったこと・感じたこと