2012年01月23日

言霊

YouTubeに投稿されている野田総理の過去の演説の動画が物議をかもし出しているらしい。当時2009年の演説とまったく逆のことを、総理となった現在行っているからだという。
http://www.j-cast.com/2012/01/20119498.html

“あの時はそう言ったけど、いざ自分がその立場になってみると・・・”ということは日本の政治家の方々の発言ではもう見慣れてしまい、特に驚かなくなってしまった国民も多いことだろう。むしろ“それが政治家”と思う人の方が多いのかもしれない。

こう書いたからと言って何もここで政策論争や野田総理批判をするつもりは全くない。なぜ冒頭にこんなことを書いたかというと、このニュースを聞いて「言霊」について思ったからだ。

人間が発する言葉には「言霊」があるという。つまり言葉に霊力が宿るということだ。
論理的に考えてみると、人間が発する言葉のすべてに霊力があるのであれば、それらの言葉の実現性は高くなるわけであるが、現実に世の中を見渡してみてもそうとは思わない。いわゆる「口だけの人」というのも多いし、多くの矛盾も生じることになる。

例えば「ゼッタイに痩せる!」と口にしても、実際にそれが実行される確率は残念ながらあまり高くはない。
もし言葉に霊力があるというのであれば、「ゼッタイに痩せる!」と言葉に出せば痩せるはずである。
でも多くの場合、ダイエットは成功しないんだな。

また、僕が女性に「好き」と言っても「嫌い」と返されることも多い。まぁそこには言葉以外の問題もあるのかもしれなが、もし「言霊」というものがあるのだとすれば、僕が「好き」と言った時点で言った相手も同じように思ってくれるはずであるが、現実はそう単純ものでもない。「嫌い」とまではいかなくても「好きじゃない」ということは多く、いずれにしても僕の「好き」という言葉には矛盾するわけである。

ではその“言葉”が実現するのはどういう時かというと、本当に強い意志を持った人が発した時だろう。

つまり言葉というものすべてに霊力が宿るのではなく、霊力の高い人が発した言葉に霊力が宿るのではないだろうか。
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そしてその霊力というのは、繰り返すことで高まっていくのだと思う。
どういうことかというと、自分が言ったことはきちんと実現させていくということ。
するとその人の発する言葉は霊力が高まり、発する言葉には言霊が宿るのだと思う。そして“言霊の籠った言葉”は実現する確率が高くなる。

一方で「入るを計って出るを制す」という言葉もあるように、なんでもかんでも口に出して言えばいいということではなく、「余計なことは言わない」「出来ないようなことを言わない」「嘘をつかない」ということも大事だ。
どんなに実現可能な言葉を発したとしても、反対に実現不可能な言葉まで発していたら、霊力はプラスマイナスでゼロになる。

そうやって考えると、「小さなことでも実現可能なことを常に口にするようにし、余計なことは口にしない。」と気をつけておけば、自分の言葉にも強い「言霊」が宿るようになり、発言の実現度が高くなるのではないだろうか。

その考えが正しいのかどうかはわからないが、少なくとも「余計なことは言わない」や「嘘はつかない」ということは、日常の生活の中で実践しても決して自身にとって損になることではないと、僕は思います。
posted by Coyama at 12:57| 思ったこと・感じたこと