2012年01月21日

「若さ」と「責任」と「覚悟」

先日「A先生などはすごくよいアイデアやビジネスプランをこれまでいくつも作ってきているのに、それをいざ事業として展開して行くと、ひとつもうまくいったことがない。なぜなのでしょう。」という話を聞いた。

それはきっとA先生の年齢があるのではないかと思う。
ちなみにA先生はご年配の方だが、その知識も行動力も素晴らしく、社会的地位も高い方だ。
そんな方が多くの議論や熟考の中から導きだした事業計画が、いざ実践の段階になるとうまくいかないという。

人は年を重ねれば重ねるほど、その経験や知識が増して行くが、かえってそれが何かを新しいことを行う際に足かせになることが多い。
若い頃は経験や知識が足りないため、勢いや情熱でもって前に進むことが出来るが、それは年を重ねる毎に難しくなって行くものだ。

例えば「ロシアンルーレットまんじゅう」があって、それは6個あるまんじゅうの中で1つだけ激辛まんじゅうが含まれているものだとして、その激辛さを知らない時は興味と勢いでドキドキしながら挑戦できるが、一度その激辛さを知ると未知の時の勢いは失せてしまう。再挑戦してもより慎重になってしまうだろうし、辛さがあまりにつらい経験だとするとその再挑戦自体を躊躇することにもなるだろう。

年配の方が何か新しいことを始めて、それが大きな成功に至らないのも、ある意味そんなことがあるのではないだろうか。

つまり若い頃は知らないことだらけの中で必死になって進もうとするからうまくいく。もちろんがむしゃらに進んだところでうまくはいかないわけで事前にいろいろと検討して行くのだが、あくまで経験は未知なため、進むには自身の人生を賭けた責任と覚悟を要求される。

しかし年を重ねると、守るべきものもリスクもより大きくなる。養う家族がいたり、社員がいたり、世間体もあるかもしれない。
すると失敗しても影響は最小限に抑えられるよう保険を設けるようになり、過去の様々な経験から2重3重の準備を整えて行くことになる。

一見それらは自身が過去の経験から学んできた成功への方程式のように思ってしまうのだが、通常のことであればそれらは比較的うまく進むのであろうが、新しいことになるとそれらは「踏み切れない」「余計なことをし過ぎ」といったことになり、返ってマイナスに働いてしまうことにもなるのではないだろうか。

それに年を取れば嫌でも行動力が鈍る。若い頃のように身体も動かなくなれば、連日の徹夜作業なども体に悪影響を与えるリスクが高い。
さらに周囲の人たちが、若い頃は年上が多かったのに、年を取ると自身に関係する多くが年下になってくる。
年少者というものは、自分より多くの経験をし多くの知識を持ち社会的地位も高い先輩を敬う性質を持っている。それは年配者が若かりし頃にも同じで、当時は年長者を見上げていたはずなのである。

しかし人間というものは不思議なことに、自分はいつまでも若いと思ってしまう生き物で、自身が年長者になった時でも、後輩には同じ年齢感覚で生きているんだという意識が強い。自分は理解ある上司だとか、いつまでもお若いですねと言われたいため、いろんな努力をする。
それはもちろんたくさんのメリットもあるが、決断や責任を求められる場面においてはデメリットとなる。

つまり年齢を重ねてからの新事業を成功に導くためには、個人的には次のことが必要とされるのではないかと思う。

A. 過去の栄光や現在の地位や名声もひけらかさずに、恥も外聞もかなぐり捨てて裸で挑めるのかい?
B. 自分で出来ないなら、30〜40代の後輩に任せる。そして後輩は横並びの仲間じゃない、これから様々な経験をし、自身の年齢にに近づいてくる後輩だ。自身が裸になって挑む覚悟はないけど自身の考えた新事業を成功させたければ、その後輩を導くような後方支援に徹しなさいよ。

もっともその後輩がろくでもない人間であったら、うまくもなにもいかないのであるが、そんな後輩の人間性を見抜くのも、経験がなせるわざとなる。

物事を成功に導きたいのであれば、自身に「若さ」と「責任」と「覚悟」があるのかどうか。
それにつきるのではないかと、A先生の考えた事業が世の中では成就しないという話を聞いて、個人的には思ったわけです。
posted by Coyama at 14:52| 思ったこと・感じたこと